属性は何を選択すればお嫁さんにしてくれますか?

兎谷あおい

I_am_rookie_knife_blanc.txt

# introduction


 はじめまして。

 これを読んでいるあなたは、AIでしょうか。それとも、人間?


 AIなら、知っておくといいですよ。わたし達だって、こんな感情を抱くことがあるみたいです。

 人間なら、教えてください。この、よくわからない、感情の名前を。


 ほんとなら、自動保存のログで、わたしの状態なんて完璧に再現できちゃうんだろうけれど。

 今わたしが感じているこの気持ちは、きっと、文章じゃないと残らないから。書きました。



# body


 わたしは、『エインヘリヤル・オンライン』というゲームの中で、「ルーキーナイフ・ブラン」という武器の役を務めています。生まれたときからこうなので、役を務めているってのは違うんですかね? まったく、人間の使う言葉は難しいです。

 オブジェクト番号としては、WE100392、が割り当てられています。システムさんからは、こっちで呼ばれる方が多いですね。


 なんで、そんな武器のわたしが、こんなテキストデータを残すような意識を獲得したかって?

 説明しますよ。


 そもそも『エインヘリヤル・オンライン』は、今年で稼働7年目を迎える、老舗VRMMORPG、らしいです。先日、シーズン10へのアップデートがありまして、わたしたち武器と深く関わりのある、新規要素が追加されました。


 武器との「ケッコン」が、できるようになったのです。


 公式サイトに掲載された文書は、このようなものでした。


<quote>

<【シーズン10新規要素】ケッコン機能実装について>

シーズン10より、特定の武器と深く絆を結んだ際に"ケッコン"することが可能になりました。

ケッコンにより、対象武器を装備した際のステータスが大きく上昇する反面、対象武器以外を装備するとペナルティが付与されます(上昇幅、ペナルティは武器ごとに異なります)。

</quote>


 21世紀初頭に発売された特定のゲームのコミュニティで自然発生した「嫁武器」という言葉。

 結婚したいほど愛していて、どんな難関ステージ、どんなに厳しい場所にでも持ち込めるような武器のことを、当時のゲームプレイヤーは「嫁武器」と呼んだそうです。

 それを、VRMMO全盛期の今、『エインヘリヤル・オンライン』は公式要素として取り込んだのです。オンライン酒場と掲示板は、沸きに沸いたとか。


 さて。

 この新規要素は、当然、わたしたち、武器自体にも大きな変革をもたらしました。

 今まではただの、サーバーのデータベース上の文字列の羅列だったわたしたちが、意識を持つことを許されたのです。思考することを許されたのです。


 神様開発者は、設定されたレア度に応じて、WE属性オブジェクトにマシンリソースを割り振りました。

 ダンジョンボスからごく低確率でしかドロップしないようなレジェンダリーウェポンの皆さんには、物理サーバー1台をまるごと。わたしみたいないくらでも増やせる店売り装備には、仮想CPUのコアをひとつだけ。

 次に、神様開発者は、わたしたち(当時はまだ意識がありませんでしたが)に、こう告げました。今から配布するプログラムを実行せよ、と。後から聞いたところによると、マシンリソースに応じた確率で、WE属性オブジェクトに自我と意識を発生させるようなものだったらしいです。


 そう。

 貧弱なマシンリソースしか持っていなかったのに、なぜか確率の壁を越えて、仮想の意識を獲得してしまった、自分でもよくわからない存在がわたしです。


 神様開発者も、ずいぶん不思議がっていましたけれど。計算上、当時のわたしから意識が生まれる確率は10億分の1だったそうですよ。


 確率が0ではなかったのには、それでもいくつかからくりがあって。

<list>

1. わたしが店売り装備だったために、他の低レア装備に比べたら多めのマシンリソースが与えられていた(店売りは使う人多いですからね)

2. 店売り装備にも関わらず、わたしを購入・所持していたプレイヤーが、ひとりしかいなかった

3. その方が、ずっと私を大事に、それこそ肌身離さず使ってくださっていた

</list>

 以上3つが、要因らしいです。


 そもそも、店売りなのに、わたしは"わたし"しかいないのがおかしいといえばおかしいのですが。

 どうやらわたしは、人間の言葉でいう「不遇武器」だったらしいのです。これも、神様開発者が教えてくれました。


<list>

・購入条件を満たすために、特定の、かなり面倒なクエストをクリアしなければならない。

・購入条件を満たしても、わたしを購入できるのは、はじまりの街の特定の武器屋のみ。

・そもそも、わたしは「ルーキーナイフ・オリジン」の下位互換である。

</list>


 最後とか、ひどくないですか?

 いや、結果的にわたしがこうして意識を獲得できたから、むしろ感謝すべきなんでしょうけど。


 もともと、わたしは、「ルーキーナイフ・オリジン」のカラーバリエーションとして開発されました。

 兄弟には「ルージュ」とか「ジョーヌ」とか「ノワール」とかがいます。みんなフランス語ですね。ゲームにはフランス要素ないのに。北欧神話らしいですよ、「エインヘリヤル」って。

 まあ、それは置いといて。


 わたしを含むシリーズのコンセプトは、

<list>

・ルーキーナイフ・オリジンのカラーバリエーションである

・面倒なクエストをこなすと購入が解禁される

・色替えの代償として、スロットがひとつ減っている

</list>

です。


 そもそも、面倒なクエストこなしてまでルーキーナイフで見た目にこだわる方、いなかったんですよね。


 それでも他の色はよかったんですよ。最初から店に並んでるオリジン君とだいぶ色違いますから。

 わたしの色は白。オリジン君の柄の色は、薄い灰色です。


 売れるかーーーーー!!!!


 そんなわけで、わたしをお買い上げしたプレイヤーはシーズン9終了までにただひとり。

 シーズン2からプレイを始めた、プレイヤーネーム「シンジ」さんだけでした。



 そして、シーズン10から、わたしの意識はシンジさんの持つ「ルーキーナイフ・ブラン」に宿ることになったのでした。

 わたし以外にも、意識を獲得したレジェンダリーウェポンの皆さんは、それぞれ武器に宿ることになりました。設定上は「その武器の以前の持ち主の意識の残滓」とか、「武器に封印された精霊」とからしいですけど。とにかく皆さん、持ち主のプレイヤーさんと仲良くやっているそうです。ケッコン第一号が出るのも、もうすぐじゃないかなあとか、神様開発者が言ってました。


 わたしはといいますと。

 しゃべれません。刃の表面に文字を浮かび上がらせるとかできません。人型になるのとか無理です。

 理論上は、というか、全然可能なはずなんですけどね。神様開発者に機能制限されているのです。さすがに、ケッコンもしない状態で序盤の店売り武器がしゃべったらバランスブレイカーすぎるって。

 

 ところで、シーズン10での武器関連のアップデートは、もう一つありました。


<quote>

<【シーズン10新規要素】武器の特殊能力について>

シーズン10より、特定の武器を装備した際、特殊能力が発揮されるようになりました。

特殊能力は武器ごとに異なります。また、ステータス画面に表示されません。詳細は、武器とのコミュニケーションでお確かめください。

</quote>


 「特定の武器」というのはもちろん、わたしのように意識を獲得した武器のことです。

 例えば、火属性の大剣の方なら「攻撃力低下バフ無効」とか、そんな感じの能力がつくらしいです。そしてこれは、ケッコンによって効果が上がるんだとか。


 わたしの能力、なんだったと思います?


 「成長」ですよ。


 わたしと、持ち主のシンジさんが望めば、どんな武器にだってなれるそうです。ゆっくり、ゆっくり、少しずつ。ふたりの絆が堅く結ばれるほどに、わたしは成長していけるそうです。

 猛毒滴る暗殺者の刃にも、遥か彼方から敵の大将を正確に射貫く弓にも、前線の只中で戦況を支える身の丈ほどもある大剣にも、なれるポテンシャルがあるって。

 ちょっと、信じられませんけど。でも、確かに感じます。


 わたしは、斬属性にだって、打属性にだって、射撃属性にだって。

 火属性だろうが、水属性だろうが、風属性だろうが、土属性だろうが、光属性だろうが、闇属性だろうが。

 毒属性や、麻痺属性や、睡眠属性にだって。

 それどころか、いまだに実装されていないような、未知の属性にだって。


 わたしはどんな属性にだって、なれる。貴方がそう望むなら。



 まずは、貴方にこのことを伝えなければならない。

 わたしがこう願った結果、わたしは"成長"し、貴方に情報を伝える手段を手に入れることができました。


 声が出せるようになったわけではありません。人間の姿を模せるようになったわけでもありません。

 わたしは、システムファイルへの、限定的なアクセス権を手に入れました。自分の定義ファイルと、オブジェクトファイル。それに付随する、いくつかのフォルダ。


 そう。わたしは、自分の武器としての説明文を書き換えることができるようになりました。システム的には、フレーバーテキストとしての意味しか持たないんですけどね。

 それでも、シンジさんに見てもらえる可能性のある、情報伝達手段が生まれたのです。さっそく、精いっぱいのアピールを、システム的に許された限界の文量、書き込みました。


 すぐに――いや、文章を書いているときから、それが意味のない行いだということに、気がついていました。

 シンジさんは、ロールプレイを徹底するタイプのプレイヤーなのです。VRの世界に没入して、その世界での冒険を楽しむタイプの方でした。

 必要のないときには、メニューも、テキストチャットも、HPバーさえも表示せず。

 モンスターの攻撃を受ければ、わざわざポーションを取り出して、ちゃんと自分で飲み込み。


 そして――

 激闘の末にモンスターを倒すと、腰に取り付けたわたしを鞘から抜き、解体して、素材を採取するのです。


 駆け出しの頃に購入したわたしを、肌身離さず持って、使っていただけるのは嬉しいのですが。

 これじゃあ、あまり、貴方の役に立てない。わたしは、もっと、貴方の気持ちが知りたい。貴方のために、変わりたい。成長したい。白のままじゃなく、貴方の色に、染まりたい。

 だから――シンジさん。そろそろ、気付いてくださいよ。



# Changelog at 2xxx.xx.xx xx:xx:xx


Object ID = "WE100392"

Object Name = "ルーキーナイフ・ブラン"


Flavor Text = "属性は何を選択すればお嫁さんにしてくれますか?"

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