58.「音楽の時間」(その2)
「僕、考えたんですよ。このメンバーがもう一緒に演奏しないのは、耐えられない。ここまで息の合ったバンドは、そうそうないです。ルックスも良くてステージでも映えるし。それが、ただ勤務地が変わるという理由で脱退ですよ? ケンカ別れしたわけでなし。それで完全に抜けてしまうのは、もったいないですよ。僕は皆さんのファンなんで、このKSJCをまた聴きたいし、観たいです」
黒田社長、萩岡係長、瀬戸さん、夏目先生、三田村さんが、「一体何を言い出すんだ?」という顔でミズモリケントを見た。
「だから考えました。一年に一回このメンバーで集まって、一曲レコーディングするのはどうかなって」
「え?」
全員が驚いて声を出した。事前に何も聞いていないぞ、ミズモリケント。
「で、勝手ながら。皆さんの『オリジナル』に歌詞を付けてみました。『オリジナル』は何曲かあるんですよね。今回選んだのは、テンポの速いやつです。ライブでお客さんのノリが良かった、あの面白い曲」
「は?」
三田村さんが思わずきき返す。この曲は、社長と三田村さんが作ったものだ。
「すみません、勝手に。どうでしょうか、こんな感じで……」
ミズモリケントが全員に楽譜を配った。
『オリジナル』のメロディーラインに歌詞がふってある。
読んでみると、音楽の楽しさについて語った詩だ。『コラボレーション』というタイトルまで付けてあった。
「ミズモリさん、面白いことしますね。いいと思いますよ、この歌詞。タイトルはちょっとベタすぎる気もしますけど」
楽譜に目を通した黒田社長が笑った。他のみんなも楽しそうな表情に変わっている。
「良かった。気に入って頂けましたね? それでは、一年に一回のコラボについてはどうでしょうか? 京都の夏目先生は何とかなるとして、瀬戸さんはブラジルに行ってしまうわけですが、毎年お正月などに帰国されるんですか?」
「そうですね、年一回は帰ってくると思いますけど……」
瀬戸さんが黒田社長の顔色を伺った。
「さすがにブラジルに行きっぱなしにはさせないですよ。お盆や年末年始の長期休暇には、帰国してもらって構いません」
「良かった。それならまたみんなで集まれますね?」
「でも、KSJCは黒田食品の関係者だけの部活ですよ? 夏目先生は嘱託医じゃなくなっちゃうのに大丈夫ですか?」
萩岡係長が黒田社長にきいたが、社長の前にミズモリケントが答えた。
「じゃあ、KSJC&OBとかにすればいいんじゃないですか。後付けで何とでもなりますよ」
それを聞いて夏目先生が、「あはは」と笑った。ツボに入ったらしい。社長も笑っている。
「いいですよ、KSJCとしては問題ありません。夏目先生が勤務する病院さえ了承してくれれば」
こんな感じで、年一回のコラボ計画があっさり決まってしまった。
「ありがとうございます! じゃあ試しに『コラボレーション』、一緒に演ってみませんか」
みんなが顔を見合わせる。演奏してみたくてたまらない、という表情だ。
「萩岡君、どう?」
「そうですね……。では、主旋律はもちろんミズモリさんの歌で。あとは間奏を長くとって、そこで各楽器、順番にソロで主旋律とかアドリブを適当に……。要するに、ミズモリさんの歌を邪魔せずに間奏部分はいつもの調子で適当に、ってことです」
みんなが頷く。
「あとは、キーを少し下げようか。ミズモリさん、どのキーがいいですか?」
こんな感じで、生放送中に簡単に打ち合わせをし、五分後にはセッション開始の準備が整った。またミズモリケントがマイクに向かって話し始める。
「放送時間はあと五分しか残っていません。演奏中に切れちゃうと思います。今日も聴いて頂いてありがとうございました。ゲストはKSJCの皆さんでした。最後の曲は、KSJCとミズモリケントで『コラボレーション』。皆さんお聴きの通り、リハーサル全くなし、本物のぶっつけ本番です。どうなるかな。ワクワクするな。じゃあ、いってみましょう!」
ミズモリケントのかけ声の直後に、スタジオはブラスの音に包まれた。
(続く)
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