56.好きな理由

「え? 飯倉さん、また三田村君と住むの?」


 萩岡係長の箸が止まった。今日のランチは割烹料理店のお魚ランチ。腕の確かな板前さんが調理するお魚を、白木のカウンターで頂く。萩岡係長はかんぱち焼定食、私はサバの味噌煮定食。


「そうです。また別の一軒家でシェアを」


 お互いの気持ちを確かめ合った翌日、三田村さんと私は会社帰りに横峯不動産に寄り、ピアノ付き一軒家の賃貸契約をした。


 担当の山際さんの取り計らいで、私がすでに入居を決めていた物件の手付金は戻ってきた。三田村さんは別の不動産会社で契約していたので返金されなかったが、「一緒に住めばすぐに元は取れる」と気にしていなかった。


「飯倉さん、三田村君と付き合ってるんだね?」


 私は黙って頷いた。


「ということは、僕の『男の勘』は夏目先生にしか働かなったのか……。三田村君が飯倉さんのことを好きだったのは、わからなかったよ。っていうか、夏目先生がわかりやすかったのかな?」


 多分そうだ。


「僕、飯倉さんに余計なこと言ったかなあ。夏目先生と三田村君にも、悪いことしちゃったかなあ」


 横を見ると、萩岡係長が悲しそうな顔で肩を落としていた。


「係長のせいじゃありません。自分の気持ちに気付かなかった私が悪いんです」


 心からそう思う。



 その週の土曜日。


「花音。今日のミズモリさんのラジオ、何着ていく?」


 あれから三田村さんは、私を名前で呼ぶようになった。


「えーとどうしよう、まだ考えていなくて」


「あれがいい、細いパンツ」


「ああ、黒のスキニーですね。じゃあ上は白のゆったりしたシャツにしようかな」


「いいね」


「三田村さんは?」


「花音の服装に合いそうなのは……黒シャツにグレーのパンツかな」


「今のメンバーで集まるのは、これが最後ですね」


 仕方ないとわかってはいても、やっぱり残念だ。


「ああ。俺、まだ実感わかない」


 呼び方の他に変わったことは、夜、三田村さんが帰ってきてからダイニングで話をするようになったこと。朝は以前と同じく、別々だ。「早起きして一緒に朝ごはん食べようか?」ときいてみたが、三田村さんは「いいよそこまで」と答えた。


 まだキスまでしかしていない。我慢していないかきいてみたら、「このままでいい。今は初々しい関係を楽しんでいるところ」と笑っていた。


 良かった。三田村さんとまた一緒にいられるようになって。

 三田村さんは一見すると冷たいけれど、ちゃんと優しい。ちょっと離れたところから見守るタイプの優しさだ。そして言動が素っ気ない分、嘘がない。三田村さんのそばにいて居心地がいいのは、そういうところなんだと思う。私は三田村さんが、大好きだ。



(続く)

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