35.12月のライブ(その1)

 ライブ当日、私は髪を切った。バッサリと、セミロングをショートに。行きつけの美容室が空いていて良かった。


「花音! すごくいい、髪! はい、いつもの」


 瑠璃がサンドイッチが入った紙袋を差し出した。


「もう十年くらい『切りたい』って、たまに思い出したように言ってたけど、やっとだね」


 そうだった。「家を出る願望」と同じく、「髪を切る願望」も、私はずっと実行できずにいたんだっけ。


「ありがとう」


 紙袋に入った箱を開け、きれいに並ぶ綺麗なサンドイッチを一つ、つまんだ。具は卵サラダ。マヨネーズの他に、マスタードとお砂糖のほのかな甘みがきいていて、安定の美味しさだ。


「こんにちはー」


 男女の声に楽屋入り口を見ると、佐山さんと片岡さんだ。


「来てくれて、ありがとう!」


 萩岡係長が、そそくさと出迎える。


「こちらこそ、楽屋に入れるようにして頂いてたんですね。驚きました」


「ウフフ。ちょっとしたサプライズ」


「サプライズ?」


 係長、何をしたんだろう?


「うん。ほら、これ」


 佐山さんが見せてくれたチケットの半券には、「楽。萩」と小さくメモ書きがしてあり、これは「楽屋に案内して下さい・萩岡より」の略だそうだ。


 次にやってきたのは、由香さんと結衣さん。


「飯倉さん、髪、いいわ。似合う。ドラム頑張ってね」


「ありがとうございます」


「うわー、由香さん、ご無沙汰してます。相変わらずお綺麗ですねー


「また、佐山君ったら」


「お、今日は楽屋見舞が多いな」


 黒田社長が入ってきた。続いて、瀬戸さんと三田村さんも。


「髪、すごくいい! 昨日社内で会ったときは長かったよね、今日切ってきたの?」


 真っ先に反応してくれたのは瀬戸さん。社長はダンディな笑顔をくれた。三田村さんは「驚いた」と一言。


 開演十分前。


 瑠璃たちが楽屋を出たのと入れ替わりに、夏目先生とミズモリケント、宮本さんが到着。


「遅くなってすみません。急患が入って」


 夏目先生と目が合った。走ってきたのだろう、息が上がっていた。


 立ったまま最後の打ち合わせをして、ミズモリケントと宮本さんは客席へ。今日は関係者席を作ってあって、彼らだけでなく、瑠璃たちもみんな一緒のテーブル。


 舞台袖を通る時、夏目先生が「髪、思い切ったね。すごく似合う」と耳元で囁いた。素直に嬉しかった。


 舞台に出てスポットライトを浴びる。みんなが位置に着く。私はセトリ(楽曲リスト)を譜面台に置いた。KSJC、今年最後のライブが始まる。


 楽曲リスト

 1.クレイジー・イン・ラブ (ビヨンセ)

 2.雨上がりの夜空に(RCサクセション)

 3.オリジナル

 4.アンパンマンのマーチ(アニメ『アンパンマン』より)

 5.イングリッシュマン・イン・ニューヨーク (スティング)

 6.ソウル・ボサノヴァ(クインシー・ジョーンズ作曲)

 7.愛のテーマ(映画『ニュー・シネマ・パラダイス』より)

 8.オリジナル

 9.ベートーベン交響曲七番第二楽章

(アンコール)

 10.好き(ミズモリケント)

 11.Sing sing sing

 12.この素晴らしき世界(ルイ・アームストロング)



(続く)


―――――――――――――――――――――――――


 ◇十二月のライブ

 https://www.youtube.com/playlist?list=PL0-g9V4B-03LXVEt382tAm0VIix3CJ8PB

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る