33.三田村さんの反応

 つばめからの帰り道。久しぶりに、最寄駅からシェアハウスまでの道を三田村さんと一緒に歩いた。


「萩岡係長、どうするんだろうな」


「何とかすると思います」


「ミズモリさん、ブラスは全く未経験だろ。下手に楽器は触らせない方がいいと思うけど」


 三田村さんはそこまで話すと少し考えて、


「ま、いいか。ライブでやるだけだし。ミズモリさんの曲なんだし」


 と自分で結論を出した。そして会話は途切れた。公園内の大きな池の畔。打ち寄せる水の静かな音がする。その時、私は思った。


 夏目先生のことを伝えるなら、今だ。


「三田村さん。私、夏目先生とお付き合いを始めたんです」


「ああそう」


 三田村さんの返事は拍子抜けするほどあっさりしていた。私、自意識過剰だったかな――そう思ったのもつかの間、三田村さんは立ち止まった。そして私を見た。


「夏目先生?」


「そうです。お付き合いを」


 今度は前を向いて歩きだす。


「そう。そっか。良かったね」


 三田村さんの表情はよく見えなかった。けれどいつもより、声が優しかった気がした。



 その週の土曜日の朝、私はいつものようにラウンジに降りた。だが、そこに三田村さんの姿はない。ずっと待っている関係でもないので、私は自室に引き上げた。少しして、三田村さんが階下に降りる気配がし、玄関のドアが開く音、鍵を閉める音。


 買い物にでも行ったのかと思ったが、午後になっても三田村さんは戻って来ず、夕方、ミズモリケントのラジオ――「音楽の時間」――が始まっても、私はシェアハウスに一人だった。


「音楽の時間」は、以前、三田村さんと一緒にミズモリケントについて調べた時に知った。それ以来、土曜日に料理とチェスをしながらこの番組を聴くのが習慣になっていた。


 一人で聴くのは初めてだな。


 自室のベッドに体を落ち着け、窓の外に広がる景色を眺めながら、ミズモリケントの声に耳を傾ける。


 ラジオの中のミズモリケントはいつものように世間話から入り、読んだ本のこと、映画のこと、音楽のことを話し続けた。


 KSJCとのコラボのことには、全く触れなかった。この件は極秘で進めましょう、と言っていた通りだ。飄々としていて明るいミズモリケントだが、今回の新曲にかける意気込みは並大抵のものでない。クールに見えて情熱的、それがミズモリケントだ。



 十一月は、レコーディングと打ち合わせで慌ただしく過ぎていった。新曲の『待ってて』に、KSJCがカバーして楽しんでいた『好き』。どちらもいい仕上がりだ。


 『待ってて』の発売は二月下旬に決まり、こちらは宮本さんが段取り良く、プロモーションその他の詳細を詰めている。


 コラボしているとはいえ主体はミズモリケントなので、KSJCはプロモーションには関わらない。その代わり、ライブでミズモリケントと共演し、そこで新曲をお披露目する計画が進んでいた。


「萩岡さん、僕のソロの楽器、決まりました?」


「……まだです」 


 ウキウキした様子で尋ねるミズモリケントに、萩岡係長は小さな声で答えた。二十秒ほどの旋律はできているのだが、何の楽器にするか迷っているのだった。



「その後、三田村君の様子はどう?」


 夏目先生の息が白い。十二月に入り、夜はかなり冷える。打ち合わせ終了後、みんなと別れて駅に向かう途中だ。


「相変わらず、滅多に遭遇しません。土曜日は避けられている気がします。三田村さんなりに気を遣っているのかなと」

 

 夏目先生のことを話して以来、三田村さんは私と一緒に過ごすことがなくなった。買い出し、チェス、ラジオに夕食。楽しかった土曜日が急にモノクロになった。


「そう。ごめんね」


「そんな。夏目先生が謝る必要は」


 ああ、また三田村さんと普通に話したいな。三月末までには、部屋を出なくてはならない。残り約四ヶ月。気まずい状態で過ごすのは辛い。



 土曜日。私は自室で動画サイトを観て過ごしていた。


 萩岡係長から


「ミズモリケント用のソロ楽器、何がいいか一緒に考えてくれない?」


 と頼まれ、調査中だ。


 最初は真面目に探していたが、段々飽きてきて、いつのまにか関連動画をどんどんたどっていた。ぼんやり眺めていたところ、面白い映像が流れた。


 これ、いいかも……。



「三田村さん?」


 廊下の反対側の突き当りにある、三田村さんの部屋のドアをノックした。さっきの動画のことを伝えたいと思ったのだ。KSJCに関することだし、怒られはしないだろう。


 少しすると、三田村さんがドアを開けた。


「なに? 部屋にまで押しかけられるのは困る……」


 三田村さんの文句には構わず、私はタブレットを見せた。


「……ふっ」


 三田村さんが、変な声を出した。吹き出しそうになったのをこらえたのだろう。


 画面では、奇妙な格好をした青年二人がノリノリで鍵盤ハーモニカを弾きまくっていた。


「面白いでしょう? しかもちゃんと、レベルの高い演奏になってますよね? ミズモリケント、これならいけるんじゃないでしょうか、小学校で習ったはずですし」


「初めて俺の部屋をノックしてまで伝えたかったことが、これ?」


「そうです」


 三田村さんは笑った。


「萩岡さんに知らせよう」




「鍵盤ハーモニカ?」


 木曜日。エス・ミュージックでの打ち合わせで萩岡係長が説明すると、ミズモリケントは、何とも微妙な表情を浮かべた。


「本気ですか?」


「はい。大真面目です。ミズモリさんなら、誰よりもかっこよく弾きこなせると思います。三田村君」


 萩岡係長が指名すると、三田村さんは、持参していた紙袋の中から鍵盤ハーモニカを出した。

 土曜日、萩岡係長にメールするとすぐに返信があったのだ。


 ――――――――――


 三田村君、悪いけど、お手本のために練習しておいて。買うよね? 領収書をもらってきて。宮本さんに払ってもらおう。


 萩岡

 ――――――――――


 三田村さんが鍵盤ハーモニカを手にして、みんなの前に立つ。


 そして『待ってて』の間奏部分、二十秒ほどの旋律を情感たっぷりに演奏した。皆は思わず、拍手をした。


「三田村君、弾いてて気持ち良かったよね⁉」


 萩岡係長がきく。


「そうですね、ええ、気持ちいいですよ。サックスを吹くのとは違う種類の緊張感がありますけど」


 三田村さんは、苦笑いした。


「面白いわ。ミズモリ君、鍵盤ハーモニカにしましょう。嫌なら、ソロパートはなし!」


「ええー」


 ミズモリケントは少し抵抗があるようだったが、宮本さんが強引に話をまとめ、ソロの件は何とか解決した。



(続く)


 ――――――――――――

 ◇鍵盤ハーモニカの面白い二人組はこちら。

 Melodica Men

 https://www.youtube.com/channel/UCs9wGXdQrN9-dcQucuzRzNw


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