29.萩岡係長とビビンパランチ & 「つばめ」で秋の味覚

 月曜日、萩岡係長とのランチ。今日はビビンパのお店に来ている。ごはんの上にきれいに盛りつけられた牛肉の炒め物に、ほうれん草、もやし、ニンジン、ゼンマイのナムル、真ん中には生卵。そしてゴマ油の香り。


 萩岡係長はミズモリケントのアレンジの件で浮かれているかと思いきや、深刻そうな面持ちだった。


「僕さあ、責任の重さに押しつぶされるかも」


 私達は、石鍋に入ったビビンパを丁寧にかき混ぜる。ジュッ……ジュッ……という音とともに、香ばしい匂いが漂う。


「責任?」


「そう。ミズモリケント、これまで全然売れてないでしょ? そろそろまずいと思うんだよねえ。もし次のシングルも失敗したら、エス・ミュージックさんから契約解除もあり得るのかなあって……」


「まさか」


 私は、自分のビビンパにコチュジャンをたっぷり入れた。


「今の話はちょっと極端かもしれないけどさあ、でも、素人の僕たちに頼るってところからして、雲行きは怪しいよ。アレンジを担当したシングルがヒットしなかったら……僕、責任感じちゃうよ」


 萩岡係長は「ふぅ」とため息をついた。私は初めて、萩岡係長の繊細な一面を見た気がした。


「じゃあ、引き受けるのが嫌なんですか?」


「うーん。そこはまた悩ましいよね。僕のアレンジセンスを世に問うまたとない機会だから」


 自己顕示欲は意外と強いようだ。


 ビビンパがいい具合に混ざったので私は手を止めたが、係長は混ぜ続けている。


「萩岡係長のアレンジは素晴らしいと思います。ぜひ世に問うちゃって下さい!」


 自分でも思いがけない、強い言葉が出た。萩岡係長は笑った。


「そうかあ、飯倉さんはそう思ってくれてるんだ。あはは。ありがとう」



 同じ週の金曜日。KSJCのメンバーは、つばめに集まった。店内に他のお客さんはいない。話が漏れないようにと、黒田社長が貸し切った。


 次々に出される秋の味覚――銀杏の塩焼き、伊勢海老のお造り、天然ものキノコ(シメジ、シイタケ、マイタケ、マツタケ)の天ぷら、秋刀魚の塩焼きにたっぷりの大根おろしとかぼす、サラダ(ルッコラ、イチジク、洋ナシ)、自家製いくら丼(ご飯はおひつで、イクラは大鉢にたっぷり入れて出され、自分で好きなように作る)。お酒はぬる燗。そしてデザートは、さっぱりと柚子のシャーベット――を楽しみながら、会話は進んだ。


「萩岡君、ミズモリケントの新曲はどうだった?」


「いいです。旋律がしっかりしているし、歌詞も合っています」


「じゃあ、アレンジは引き受けたい?」


「はい」


「なるほど。サポートの件は、みんなどう? やってみたい人は」


 黒田社長の問いかけに、萩岡係長、瀬戸さん、夏目先生、三田村さん、そして私が手を上げた。


「黒田さんは?」


 瀬戸さんがきくと、社長も手を上げた。全員一致だ。


「よし、決まりだな。引き受けよう」


「すみません、一つ質問が。副業規程などには、抵触しないんですね?」


 三田村さんは、細かいことによく気が付く。


「問題ない。うちも、夏目先生のK大も、人事に確認をとった。宮本さんには後でメールしておくけど、みんなの個人アドレスをCCしておくから、何か気になることがあれば直接メールでやり取りしよう」


 こうしてミズモリケントとKSJCのコラボは決まり、翌週の木曜日、私達はミズモリケントに会うことになった。



(続く)

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