27.KSJCと宮本さん

「改めて自己紹介させて頂きます。私はエス・ミュージックの宮本綾香と申しまして、ミズモリケントのマネージメントを担当しております」


 宮本さんは、私たち全員に名刺をくれた。


 エス・ミュージック。


 確か、中規模の芸能事務所だ。『シンガーソングライターを中心に、実力派のミュージシャンが多く所属している』と雑誌で読んだことがある。


 宮本さんは、三十代半ばくらいだろうか。

 無難なスーツ姿だが、少しだけ崩した髪のまとめ方や、胸元の一粒ダイヤのネックレス、よく手入れされた美しい爪、質の良さそうなハイヒールなど、細部まで行き届いている。瑠璃と同じタイプだ。きっと仕事ができるんだろうな。


「まずは、こちらの動画をご覧頂けますか」


 宮本さんが、持参したノートパソコンをテーブルに置き、再生ボタンをクリックする。すると、聴き慣れた音楽が流れてきた。


 ミズモリケントの『好き』だ。画面には、夜、屋外で演奏する人影。


「……俺たちだ」


 瀬戸さんが、つい声に出した。


「やはり、そうですか。KSJCの皆さんで間違いありませんね?」


 みんながうなずく。

 間違いない、私達だ。映像は暗く、やや離れたところから撮影されたもので、私たちの顔まではよく見えない。だがこのアレンジはKSJCのオリジナルだし、夜の公園でミズモリケントのブラスアレンジを弾くバンドなんて、私たち以外にいないだろう。


「……これを撮影したのは?」


 黒田社長がきいた。


「『KSJC大好き』さんだと思います」


 宮本さんは、動画の下に表示されている「ユーザー名」を指した。


「すごくわかりやすいユーザー名ですね」


 夏目先生が笑った。


「ええ。おかげで、皆さんを簡単に探し出すことができました。『KSJC』で検索をかけたらジャズバー・ナインのライブ情報が出てきて。それで今日、ここに」


「誰か、『KSJC大好き』さんのこと、知ってる?」


 黒田社長の問いに、全員が首を横に振った。


「詳しい背景はわかりませんが、これは、八月のライブの後、公園で気まぐれに演奏した時のものです。おそらくライブ会場からついて来たかした誰かが――『KSJC大好き』さんですか――私達を撮影してアップしたんでしょう」


「なるほど」


 宮本さんが納得した様子で頷いた。


「ご用件としては、『動画の削除依頼』でしょうか?」


「いえ、そうではないんです。この動画については、私どもではさほど問題はないと考えています。KSJCの皆さんにとって公開が不本意であれば、削除依頼を出して頂いて構いませんが」


 ……じゃあ、何の要件なんだろう。社長も他のみんなも、宮本さんの真意を測りかねている様子なのがわかった。そこで口を開いたのは、萩岡係長。


「ミズモリケントさんは、この動画を観ましたか?」


「はい」


「感想は?」


 アレンジしたのは萩岡係長だ。ミズモリケントの反応が気になるのだろう。


「『嬉しいな』と。あの曲は、ミズモリ本人としては自信作だったんですが、セールスが伸びなくて。それを、アレンジして演奏して下さっている方達がいらっしゃるというのは、『思いがけないプレゼントを頂いたようなものだ』と」


 ミズモリさん、いい人だ。


「では、本日いらっしゃった理由は?」

 

 三田村さんがきくと、宮本さんは姿勢を正し、両手を膝の上に置いた。


「皆さんに、ミズモリのサポートをお願いできないでしょうか」


 思いがけない発言。誰も何も言わない。しばしの沈黙の後、黒田社長がきいた。


「具体的には、どんな?」


 淡々とした口調。宮本さんをまっすぐ見つめる視線。ライブ直後で髪は乱れ、シャツは汗で濡れているのに、なぜか私は、敏腕社長としての一面を垣間見た気がした。


「二つあります。一つ目は、『好き』のバックバンドです。皆さんのアレンジに、ミズモリの歌を乗せてみたいんです。彼の声質とKSJCのブラス、合うと思いませんか?」


「……合いますね」


 私は、つい答えてしまった。


「そうですね、合うと思います。僕が編曲したくなったのって、多分そういう雰囲気から来たと思うんです」


 今度は萩岡係長。


「あなたが――ええと、失礼ですがお名前は」


「萩岡です」


「萩岡さんが編曲を?」


「そうです」


「素晴らしい編曲でした」


「いやぁ~、そんな」


 謙遜しながらも、萩岡係長は心底嬉しそうだ。


「二つ目のお願いは、主に萩岡さんに対してになると思うのですが」


「ええ、僕!?」


「ミズモリの新曲の編曲をお願いさせて頂けませんか。もちろん演奏は、KSJCの皆さんで」


 宮本さんは、萩岡係長と私達メンバーを見つめた。私達は社長を見た。どう答えるんだろう。


「お話はよく分かりました。少し検討させて頂けますか。私たちは会社員なので、そのあたり関係各所と調整が必要でして」


「もちろんです。どのくらいお時間必要ですか?」


「二週間後には、お返事を差し上げたいと思います。みんな、それでいい? 他に何か質問はある?」


「新曲のスコア、見せてもらうことは可能でしょうか?」と萩岡係長。


 上手くアレンジできる曲かどうか気になるのだろう。


「そうですね……確認して、お見せできるように手配します。その場合、くれぐれも極秘でお願いします」


「わかりました」


 萩岡係長は、神妙な面持ちで答えた。



「それにしても、よく素人にここまで頼もうと思いましたね。公園の動画を観たとはいえ」


 瀬戸さんが言うと、宮本さんは微笑んだ。


「今日のライブを観させて頂きましたし、事前に他の動画も拝見しました」


「え?」


 みんなが宮本さんを見る。


「やっぱり、ご存じなかったですか」


 宮本さんは、パソコン画面の「KSJC大好き」をクリックした。すると、彼(彼女?)がアップロードした関連動画が複数表示される。


「あっ」


 皆が同時に声を出した。


 そこには、二つの動画がアップされていた。


『KSJCライブ・八月』

『KSJCライブ・九月』


 宮本さんが八月のライブを再生する。


「こちらは、公園のものより画像が鮮明ですね。アマチュアで、しかもブラスとドラムだけでこんなステージングをするバンドがあるとは。驚きました。派手で目立つフロント三人に、渋いチューバ、演奏技術は断トツのトランペット。それに女性がドラム。とても個性的です。KSJC単体でデビューして頂きたいくらいです」



(続く)


 

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