第三章
24.三田村さんとアイスクリーム、夏目先生とお蕎麦
八月のライブは大好評で、ナインには再演の問い合わせが相次いだ。その結果、KSJCは九月、十月も同じプログラムを演奏することになった。チケットはあっという間に完売。
「すごいよ、うちに出てもらってるバンドの中で一番勢いがあるよ。KSJCとしても最盛期だね」
ナイン支配人の山田さん(通称「山ちゃん」)は大絶賛だった。
そして九月のライブも無事成功し、その翌朝、私は空腹で目覚めた。昨夜は疲れていて、ちゃんとした食事をとらずに眠ってしまったのだ。
「何かあったっけ……」
寝ぼけたまま階下に降りると、三田村さんが、朝食室のテーブルで新聞を読みながらアイスクリームを食べていた。いいな、美味しそう。
三田村さんはすぐに、私の視線に気付いた。
「……食べる? 食料の買い置きないでしょ」
「いいんですか?」
「いいよ。冷凍庫にいくつか入ってるから、好きなの選んで」
冷凍庫を開けると、そこには五種類のフレーバー。チェリー、バナナチョコ、ラムレーズン、抹茶、ストロベリー。
(どれも美味しそう……困った、決められない)
「扉、閉めてから考えれば。溶ける」
三田村さんの指摘はごもっともだ。しばらく悩んで、結局私は三田村さんおすすめのチェリーを選んだ。
「昨日のライブ、どうだった? 楽しめた?」
私アイスに夢中になっていると、三田村さんがテーブル越しにきいてきた。
「はい。前回よりちょっと余裕ができました。三田村さんは?」
「うん。楽しかった。最後の曲はやりすぎちゃったけど」
昨日はアンコールの『Sing sing sing』で、フロントの三人はアドリブ全開のぶっ飛んだ演奏を繰り広げたのだった。
「今日、夕食の予定は?」
「特にないです」
「じゃあ、また一緒に何か作って食べるか」
「そうですね」
相変わらず三田村さんと私の生活ペースはずれているが、土曜日は一緒に過ごすことが多くなっていた。八月のライブの翌日からだ。
あの日は二人とも買い置きを切らしていて、一緒にブランチを食べに外出した。スーパーに寄って、帰宅後、それぞれ家事を片付けてから、どちらともなく声をかけ、一緒にカレーを作って食べた。
カレーを煮込む間、私たちはビールを飲みながらキッチンでチェスをした。
「三田村君はチェス部にも入っている」
萩岡係長から聞いたことを思い出し、何となく話題にしたのがきっかけだ。
三田村さんは「やってみる?」と、部屋からチェス盤を持ってきて、プレイしながらルールを教えてくれた。将棋と似ているようでまた違った面白さがあり、私は夢中になった。
そんなわけで、土曜日は「チェスの日」として定着した。対戦場所はキッチン。料理を作ったり食べたり飲んだりしながら、戦う。もちろん、お互いに何の予定もなければ、だ。前もって約束することもない。
「へえ。飯倉さん、三田村君とそんな過ごし方してるんだ」
夏目先生は、意外そうだった。九月下旬、木曜日の合同練習の帰り道。久々に夏目先生と私の二人きりだったので、練習を早めに切り上げてお蕎麦屋さんに寄った。
「最近、シェアハウスでの暮らしはどう?」ときかれたので、隠すこともないだろうと、私はありのままを伝えたのだ。
板わさ、わけぎとイカのぬた、漬物の盛り合わせを肴に、冷酒とおしゃべりが進む。
「ちょっと冷たい感じがすることはありますけど、慣れました。それに三田村さん、けっこう親切なんですよ」
ちょっとした食べ物を分けてくれたり、忍耐強くチェスを教えてくれたり。
「ああ、わかる。三田村君は優しいと思う」
「そうですか?」
ツンとしてるし、はっきりものを言うことがあるけれど。
「うん。三田村君は、ライブで飯倉さんが戸惑うと必ず声をかけに行く」
「そう言われれば……」
確かに、八月のライブだけでなく、九月の再演でも助けてくれた。
「僕も気にはしているんだけど、間に合わない。いつも三田村君の方が、反応が早い。だいぶ差がついてる気がする。土曜日も楽しそうだし。正直、妬ける」
差? 妬ける? なんだか話がおかしな方向に。
「……夏目先生、酔ってます?」
夏目先生は一瞬驚いた顔をしたが、「うん、そうかな。酔ったかな」と、照れたように笑った。
(続く)
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