22.二回目のライブ(後)
『Take on me』の特徴的なイントロに、客席の空気が動いた。
1985年、私が生まれる前の曲。名曲はいつまでたっても色あせない。明るく気持ちのいいサビ。そして間奏。ここで私以外のメンバーが演奏を止めてかけ声を合わせると、観客もすぐにのってきて大合唱になった。
二曲目の『ライオン』は、ファンファーレのような出だし。その直後にドラム、バリサックスとチューバの迫力ある低音が響く。三田村さんと社長がリードする曲は、落ち着いた演奏で抜群の安定感だ。
そこに萩岡係長のトランペットと瀬戸さんのテナーサックス、さらに夏目先生のトロンボーンが重なっていく。夏目先生は中盤で長めのソロを吹いた。
今日の夏目先生は黒いTシャツにジーンズ。トロンボーンを持って立つと、すごく舞台で映える。その後ろ姿がすごく素敵だ。
三曲目の『Green Hornet』。これは萩岡係長の独壇場。最初から最後まで、トランペットのソロが続く。係長のふっくらした指はすごい速さで動き、その音色とテクニックは、あっという間に観客を惹き付けて離さない。約二分半を全力で吹ききり、最後は高音を高らかに響かせた。
大きな歓声と拍手――三列目くらいまでの観客しか表情は見えないが、ほとんどの人が笑顔だ。もちろん瑠璃も。
「いいね! お客さんの反応は上々だよ。飯倉さんのドラムは安定していて、素晴らしいよ!」
萩岡係長は私の横に来てそれだけ言うと、また定位置に戻っていった。
次は緩やかなテンポの『アイネクライネ』で一息。そして社長と三田村さんが作った『オリジナル』を演奏し、さらにオーソドックスなジャズアレンジをしたアニメ主題歌『ようこそジャパリパークへ』で観客の意表をついて――客席とステージの熱気に包まれながら、演奏は続いていく。
余裕のあるほかのメンバーと違って、私はついていくので精一杯だが、まだミスはしていない。この調子で最後まで行けますように。
『ようこそジャパリパークへ』が終わったところで、黒田社長が前に出た。気配に気づき、三田村さん、夏目先生、瀬戸さんが集まる。
黒田社長が一言、二言何か話し、今度は私のところにやって来た。萩岡係長も寄って来る。
「次の『走れ正直者』はソロとアドリブを沢山入れよう。フロントの三人には好きにやるように言った。もし調子に乗って崩れ過ぎたら、萩岡君、前に出てトランペットで収拾して」
『走れ正直者」は――ものすごい疾走感あふれる演奏になった。
最初からテナーサックスの瀬戸さんが飛ばし、そこに夏目先生のトロンボーン、三田村さんのバリサックスが加わり、すごい迫力で絡み合うように主旋律を奏でていく。
原曲のほんわかした雰囲気は消え、ロックな演奏だ。しかも三人とも、跳んだり跳ねたり、さらにステージを動き回って客席をあおっている。いつのまにか、立っている観客が増えていた。
そして各楽器のソロが始まった。まずは社長のチューバ。さすが渋い。渋すぎる。どうやったらチューバをこんなに粋に弾くことができるのだろう。見惚れていたら、あっという間に社長のソロは終わりに差しかかった。
次は誰のかな……?
私はみんなを見回した。だが、誰もソロをとる気配がない。そして気付いた。
あれ、社長が私に視線を送ってる?
(え? 次、私ですか? ドラムってソロ、やるんですか?)
自分で自分を指さすと、社長が頷いた。
思わぬところで回ってきたソロ。どうしようどうしよう。どうしよう。
(萩岡係長!)
必死に心の中で叫んだが、係長は客席の方を向いていて気付かない。その時。
「大丈夫、いつものを叩けばいいから。つなぎだと思って気負わずに。飯倉さんが何回か繰り返したら、多分、萩岡さんがソロで入るから」
いつの間にか、三田村さんがそばに来てくれていた。
私は言われた通り、単調で軽やかなリズムを何小節か叩いた。すると係長がこちらに視線を送ってきて、
(次、僕!)
と口パクした。私がドラムの音を弱めると、「待ってました!」といわんばかりにステージ中央に出て、派手なトランペットを吹き上げた。
その後は、三田村さん、夏目先生、瀬戸さんとつないで、最後は全員揃って、大音量でラストへ。
割れるような拍手。会場はまるで、最後の曲が終わったような熱気に包まれた。
だがその余韻をかき消すように、三田村さんのバリサックスがオリジナル曲の演奏を始める。短くて激しい曲だ。
すぐに瀬戸さんのテナーと夏目先生のトロンボーンが入り、フロントの三人は激しく動き始める。その状態でチャンと演奏し続けるのは大変だろうに、それでもミスはしない。
ここまでくると、観客は知らない曲でも気にならないようで、客席はさらに盛り上がった。テーブル席だが、座っている人はもうほとんどいない。スタンディングで思い思いに体を動かしながら、楽しそうに聴いている。瑠璃はもちろん、ノリノリだ。
そしていよいよ、ベートーベンへ。これは交響曲第七番の第二楽章を、全く異なる印象の曲へと作り替えた、萩岡係長の自信作。
最初に瀬戸さんのテナーサックスが主旋律を奏でた時、客席には
「あれ、この曲。なんだっけ? 聴いたことある」
という雰囲気が漂った。だがすぐに、観客はKSJCの作り出す音楽に引き込まれていく。
時にはソロで、時には二つの楽器、三つの楽器、全員で――と、何度も重層的に繰り返される印象的な主旋律。
アップテンポでノリはいいはずだが、手拍子は起きなかった。
皆が聴き入っていた。
いつまでも、終わらないで欲しい。
いつまでも、身を委ねていたい。
その場にいた全員が、そう思っていたのではないか。
演奏が終わると、会場は一瞬の静寂に包まれた。
そして、割れるような歓声と拍手。
黒田社長が萩岡係長に何か囁き、係長が笑顔で答えたのが見えた。
アンコールに応えて『ジェームズ・ボンドのテーマ』と『Sing sing sing』を演奏し、ライブは終了した。
(続く)
――――――――――――
◇「二回目のライブ」の再生リスト(一部抜けあり。『走れ正直者』、『オリジナル』)。
https://www.youtube.com/playlist?list=PL0-g9V4B-03IUPJDstCuFlKmT7ctGWyOw
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます