21.二回目のライブ(前)
「花音!」
声のした方を見ると、瑠璃が楽屋の入口に立っていた。手には紙袋を二つ。
私は今、ジャズバー・ナインの楽屋にいて、開演まであと三十分だ。
「ありがとう、来てくれて」
「そりゃあ来るよ。KSJCは元から好きなバンドだし、花音が出るんだし。はい、差し入れ。サンドイッチとお水」
渡された紙袋には白い紙箱が入っていて、開けてみると、一口サイズのサンドイッチがきれいに詰められていた。有名なお店のものだ。雑誌で見たことがある。さすが瑠璃、気が利いている。
「ありがとう」
「差し入れ? すみません、お気遣い頂いて」
黒田社長が瑠璃に気付いた。
「いえ。花音がお世話になって、ありがとうございます」
美しいお辞儀。さすが有能なMR。
「こちらこそ、飯倉さんに加入してもらって助かりました。少し中で話されます? 散らかっていますけど」
社長もダンディーな態度で応対する。その様子は、まさに紳士。
「ありがとうございます。でも、そろそろ行かないと」
「じゃあ、終演後、楽屋に寄ってください。感想も聞きたいし」
「ありがとうございます。では後ほどお邪魔します。花音、頑張ってね!」
開演十分前。
「黒田さん、何か気を付けること、あります?」
立ったままサンドイッチをパクつきながら、瀬戸さんがきいた。
「曲の合間に、きちんと意思疎通をしよう。今回は初めてのプログラムだから、観客の反応をよく見て。緊張感をもって楽しもう」
みんなが頷く。
開演五分前。
落ち着け落ち着け落ち着け。
舞台袖に立った私は、心の中で何度も繰り返す。小心者で緊張しやすいのだ。三歳で初めてピアノの発表会に出た時から、ずっと変わらない。私以外は全員普段通りで、瀬戸さん、夏目先生、三田村さんは、和やかに最後の打ち合わせをしている。
「いい眺めだね~。満席って嬉しいよね」
萩岡係長は、相変わらずのリラックスムード。この人は、緊張するということがないのだろうか。
チケットは完売で、三百席の座席はほぼ埋まっている。観客たちのざわざわとしたさざめき。客席のテーブルにはカクテルや食べ物が並び、ライブ開始前の独特の高揚感が会場を包み込んでいる。
「瑠璃さんはあそこだね」
黒田社長が指した方を見ると、ステージのすぐ前のテーブルに瑠璃がいて、私たちに手を振った。
「フロントの三人は、のってくるとテンポが速くなる。たまにアドリブも入れてくると思う。でも飯倉さんは、僕や萩岡君が声をかけるまでは、練習通りの速さで叩いて」
「わかりました」
いったん演奏が始まると、瀬戸さんの派手なパフォーマンスに引っ張られて、穏やかな夏目先生と冷めた三田村さんも、豹変しがちなのだ。そこがKSJCの魅力でもあるのだが。社長に言われた通り、私は落ち着いて演奏しよう。
開演直前。
客席の明かりがふっと消え、私たちはステージに出た。拍手に迎えられる。落ち着いて準備を整えて――ライブが始まった。
(続く)
――――――――――――
◇「二回目のライブ」の再生リスト(一部抜けあり。『走れ正直者』、『オリジナル』)。
https://www.youtube.com/playlist?list=PL0-g9V4B-03IUPJDstCuFlKmT7ctGWyOw
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