18.花音、夏目先生と二人きりで練習する

 恒例の月曜ランチ。

 萩岡係長と私は、韓国料理店に来ている。私は冷麺定食を選んだ。牛肉のだしをベースにしたあっさりスープとコシのある麺の組み合わせが抜群に美味しいのはもちろん、少量ずつ盛られてくる箸休めも侮れない。カクテキ、牛肉の煮物、もやしのナムル、キュウリのキムチ、甘じょっぱい小魚。


 美味しい。自炊生活を送る今の私にとって、外食は何よりの喜び。幸せ。向かいに座る係長はしんみりと野菜のお粥を食べていたが(ダイエット週間だそうだ)、やがて、スプーンを動かす手が止まった。


「ふう。お腹いっぱいになっちゃった。お粥って、単調で食べ応えあるよね……。ところで飯倉さん。夏目先生のことどう思う?」


 なんだろう、いきなり。


「どうって……。素敵ですよね。優しいし、ハンサムだし。礼儀作法がしっかりしていてそつがなくて。背も高くて、欠点がなさそうです」


 夏目先生には良いところが沢山ある。その姿を思い浮かべてみる。トロンボーンを吹いている背中が特にかっこいい。


「僕さ、この間思ったんだけど」


「はい」


「夏目先生って、飯倉さんのこと好きかも知れない」


「まさか。個人的に話したこと、ほとんどないですよ? なんでそう思うんですか?」


 冗談だと思って軽く返したのだが、係長は大真面目な表情で語り続ける。


「金曜日、三田村君と飯倉さんが終電の時間だってなった時、『一緒の路線でしたっけ?』って、反応すごく早かったじゃない。いつもは、ああいうツッコミは瀬戸君担当だよ。夏目先生、飯倉さんのこと意識してるなって思った。だいぶ前に『背の高い女性ひとが好み』って言っていたこともあるし。僕の男の勘は、鋭いよ」


 萩岡係長は、麦茶を一口飲んだ。


 地味でぱっとしないとはいえ、私だって、男の人に告白されたことくらいある。でもその経験からすると、夏目先生が自分のことを好きだと思える気配はまったくしない。残念だが、係長の「男の勘」は外れていると思う。もし当たっていたら嬉しいけれど――いけない、変な期待をしては。



 木曜日。

 黒田社長と三田村さんを以外の四人で練習の日だ。


 ところがこの日は瀬戸さんが出張で不在、しかも萩岡係長まで


「仕事が終わらず今日は練習に出られない、ごめん!」


 と終業間際に言ってきた。いつも定時上がりなのに珍しい。係長が通常と違う仕事を抱えている様子もなかった。管理職だから、たまには急な案件が入ることもあるのかな。


 そういうわけで、今日の練習は、夏目先生と私の二人きりになってしまった。月曜日に「男の勘」の話を聞かされたばかり。意識してしまう。


「そっか、今日は二人か」


「すみません」


「仕方ないよ、飯倉さんのせいじゃない。それに練習は必要だし。二人で最初から全部流してみる? 繰り返しはなしで」


 夏目先生はパイプ椅子を出してきて腰かけると、楽譜を譜面台に置いた


「そうですね」


 今度のライブで演奏する曲は、アンコールを入れて十一曲。夏目先生と私は、最初から最後まで淡々と音を合わせていった。


 1.『Take on me』(a-ha)

 2.『ライオン (動物の謝肉祭)より』(サン・サーンス作曲)

 3.『Green Hornet』(コルサコフ作曲)

 4.『アイネクライネ』(米津玄師)

 5.『オリジナル』

 6.『ようこそジャパリパークへ(『けものフレンズ』主題歌)』、(どうぶつビスケッツ、 PPP)

 7.『走れ正直者』(西城秀樹)

 8.『オリジナル』(早い方)

 9.『交響曲第七番 第二楽章』(ベートーベン作曲)

(アンコール)

 10.『ジェームズ・ボンドのテーマ』(モンティ・ノーマン作曲)

 11.『Sing Sing Sing』(ルイ・プリマ作曲)



 今度のプログラムは、ジャズ、クラシック、和洋のポップス、アニメ、が入り混じっている。編曲のジャズ度合いも、薄いものから濃いものまで様々だ。楽しく聴いてもらいたい――KSJCのサービス精神がふんだんに盛り込まれている。


 一曲目の「Take on me」は、明るくノリのいい曲。途中、楽器の演奏を止めてメンバー全員が歌うところがある。ここでお客さんを一気に盛り上げる作戦だ。


 二曲目の「ライオン」は、最初にドラム、そして直後に入るチューバとバリサックスの低音で始まる。あとはトロンボーンが主旋律で全体を引っ張っていく。


 続く「Green Hornet」は、全員がすごい速さで二分間を演奏する。テクニックを見せつけるための曲。


 この後は邦楽とゆっくり目のオリジナル、そしてアニメソングで一息入れ、もう一曲の「オリジナル(私が好きな激しい曲)」を演奏する。

 最大の見せ場はこの「オリジナル」からだ。激しいこの曲から、すごい速さで演奏するロックなベートーベン、そしてハードなジェームズ・ボンドへとつなぐ構成は圧巻だ。


 このベートーベンの編曲がよくできていて、間違いなく盛り上がるだろう。萩岡係長は、スローテンポの原曲を、激しいアップビートに作り替えた。だが、原曲の良さは全く損なわれていない。それほど、ベートーベンの旋律は圧倒的に美しい。


(続く)


――――――――――――――――――


◇作中登場する曲で原曲のオフィシャルな動画のあるものや、関連楽曲で面白い動画のあるものは、下記URLに順次追加していきます。


「二回目のライブ」の再生リストを新しく追加しました(一部抜けあり。『走れ正直者』、『オリジナル』)。

https://www.youtube.com/playlist?list=PL0-g9V4B-03IUPJDstCuFlKmT7ctGWyOw


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