17.KSJC、ライブの曲目を考える & 『Take on me』
萩岡君、瀬戸君、夏目先生、三田村君、飯倉さん
八月にライブはどうかな。
会場はジャズバー・ナイン。
いつものように、曲はみんなで決めよう。
オリジナルも一、二曲いれたい。
詳しくは、金曜日八時からの合同練習で。
黒田
――――――――――――
誕生日の翌週、黒田社長からメールが送られてきた。ライブ出演の打診。メンバーの返事は全員参加で、約三か月ぶりのライブが決まった。今度はどんな曲を演奏するのだろう。
その週の水曜日。
「久しぶり」
キッチンで食器を洗っていると、三田村さんが入ってきた。まだ九時。帰宅するのはいつもは十一時ごろだから、三田村さんにしてはとても早い時間だ。
「はい、お久しぶりです」
私たちの生活ペースは相変わらずすれ違いで、会うのは先週の誕生日以来、四日ぶりだ。
「これ、楽譜。木曜に四人で練習してるんでしょ、これ明日、萩岡さんに渡してもらえる? 社長がメールに書いてたオリジナル。萩岡さんに各楽器のバランスを見てもらって、問題なければ四人で演奏してみて」
三田村さんがクリアファイルを差し出した。
「見てもいいですか?」
「もちろん」
私はキッチンのテーブルに座り、楽譜を広げた。おお、本格的だ。
「黒田社長と三田村さんで作った曲ですか?」
すごいな。
「うん」
三田村さんは向かいに座ると、冷蔵庫から出した缶ビールを開けた。
「理知的な曲が多いですね」
三曲目まで見たところ、それぞれテンポや調子の違いはあるものの、どれも作曲の基本を外さないオーソドックスな作りだった。
「教科書的で、ちょっとつまらないだろ」
そう言われれば、確かに。
「……はあ、まあ……。あれ?」
「それだけは、楽しさを追求した」
それ、というのは四曲目。ほんとだ、愉快な音符の並び。
「これ、いいんじゃないですか」
「そう?」
テーブルの反対側から楽譜を覗き込んでいた三田村さんが、視線を上げた。口元が少しだけ、緩んでいるように見えた。
翌日の木曜日。
昼休み、私は萩岡係長に三田村さんの楽譜を渡した。しばしの沈黙――。
「いいね~! 何の問題もないよ! あとで演ってみよう。もうちょっと詳しく見てみるから僕、預かっていい? 練習までに人数分コピーしておくね」
その日の練習では、まず四曲目を演奏してみた。私以外の三人――萩岡係長、夏目先生、瀬戸さん――も、この曲が気になったから。
「じゃあ、やってみようよ」
萩岡係長の提案で、早速弾いてみる。
かなりテンポの速い曲。ドラムの低音をベースに、トランペット、サックス、トロンボーンがかわるがわるうねるように、時には一緒に、旋律を展開していく。最後は激しくはじけて終わり。
夏目先生が「あはは」と笑った。
「なんだこれ」と瀬戸さん。
「新しい感じでいいんじゃない?」
萩岡係長はいつもの調子でウフフと笑った。
「いいですよ! すっごく!!」
私は興奮していた。好みど真ん中の曲だった。
「飯倉さん、こういうの好きなんだ。意外。いや、僕もいいとは思うけど。お客さん、ついて来られるかな」
夏目先生はまだ笑っていた。
「……大丈夫だと思います。チューバとバリサクが入ったら、きっとすごいです」
私には「この曲はいい」という確信があった。
金曜日の合同練習。
久しぶりにKSJCのメンバー全員が揃った。ライブの演目をどうすべきか、実際に演奏してみながら、意見を出していく。
「あそこのお客さんは、本格的なジャズよりも、ポップスやクラシック系の曲をアレンジしたものを好みますよね」
「ああ、そうだな」
「ノリよく楽しめる曲がいいんじゃないかな。お客さんも僕たちも楽しいでしょう」
「うん、そうだね。やるからには、お客さんはもちろん、自分たちも楽しくないとね。オリジナルは合間に二曲入れるのでどうですか?」
「じゃあ、最初は『Take on me』にしては?」
瀬戸さんが提案した。
「いいんじゃない? 三田村君は?」
萩岡係長が、ずっと黙って聞いていた三田村さんに話をふった。
「……俺は、お客さんをあおるところがちょっと苦手ですけど……一気に盛り上げるにはいい曲だと思います」
「飯倉さんも、いいよね?」
夏目先生が気を遣ってくれた。
「はい。皆さんが賛成ならもちろん。でも実は、『Take on me』って知らない曲で……洋楽ですか?」
「うん。飯倉さんは知らないかあ。八十年代後半にすっごく流行った曲だよ。a-haっていう、ノルウェー出身のバンドが歌ってて。日本ではその後、歌詞の一部が『パンツ千円』に聞こえるって、有名になったんだよねー」
……なんだかすごそうな曲だ。
それはともかく、KSJCの優れているところは、観客をのせ、満足させ、さらに自分たちも演奏を楽しんでいるところだ。これは客層に合わせた選曲によるところが大きい。
だが今回のようにオリジナル曲をやろうとなると、ハードルが上がる。知らない曲だと、観客は音楽に集中しづらくなり、ノリが悪くなるのだ。だから、曲目や演奏順がいつもよりさらに重要になる。
そんなわけで、練習時間内では曲目は決まらず、つばめに移動して食事をとりながらも話は続き、ようやく方針が決まった頃には、終電の時間が迫っていた。
「まずい、終電。飯倉さん、急がないと」
「あっ、ほんとだ」
シェアハウスは都内にあるが、私鉄沿線で、終電の時間が早い。私は三田村さんに促されるまですっかり忘れていた。
「あれ? 同じ路線だったっけ?」
怪訝そうにきく夏目先生。
「路線どころか、住んでる場所も一緒」
三田村さんが、椅子の背にかけてあった上着を忙しなく着ながら答えた。
「……付き合ってるのか?」
今度は黒田社長。
「まさか。違いますよ。偶然、僕の住んでる物件に飯倉さんが」
「急いだ方がいいよ、三田村君。飯倉さん、気を付けてね!」
係長に急かされ、三田村さんと私はつばめをあとにした。
(続く)
―――――――――――――――――――
Tenampa Brass Band - Take on me (cover) Concierto de Aniversario
https://youtu.be/YarLMs2BDOU?list=PL0-g9V4B-03IUPJDstCuFlKmT7ctGWyOw
a-ha - Take On Me (Official Music Video)
https://youtu.be/djV11Xbc914
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます