13.初ライブ。Fly Me To The Moon、きらきら星、オンブラ・マイ・フ、スリラー、Sing sing sing
「係長。大丈夫ですかね、私」
ランチを食べながらも緊張で落ち着かない。今夜は初ライブだ。
「心配いらないよ。いつもちゃんと叩けてるじゃない。それより僕は、飯倉さんの素敵な白シャツにパスタソースか飛び散るんじゃないかと、気が気じゃないんだけど」
「あっ!」
しまった、うっかりしていた。つい好物のアマトリチャーナを頼んでしまった。このシャツは今夜のライブでも着る。汚したら大変だ。
「ドラムは後ろに隠れているし、ちょっとくらい失敗してもみんなでカバーするから安心して」
「そうですけど……私、場違いじゃないですかね? 社長も皆さんもシュッとしてかっこいいのに、私だけ地味で」
黒田社長、瀬戸さん、夏目先生、三田村さんと一緒のステージに立つと思うと、自分がひどく場違いに思えてきた。彼らはみんな華がある。
「大丈夫だよ! 僕はシュッとしてないでしょ。だけど気にしてないから。仲良く頑張ろう!」
ライブ会場は、都心の隠れ家的ジャズバー。曲は五曲。舞台の袖から見ると、会場はほぼ満席だが、みんな飲んたり食べたりしながらなので、ステージに集中しっぱなしではない。少しだけ、気持ちが落ち着いた。
客席の照明が消え、ステージに出る。落ち着いて準備をして――演奏が始まった。全部で五曲を一気に演奏するプログラムだ。
1.Fly Me To The Moon
2.きらきら星
3.オンブラ・マイ・フ
4.スリラー
5.Sing sing sing
一曲目。
「Fly Me To The Moon」はよく知られた一曲で、お客さんが楽しんでいるのが伝わってきた。
次の「きらきら星」は、軽快なテンポで各楽器のテクニックを見せる。
そして三曲目は「オンブラ・マイ・フ」。ヘンデル作曲の、オペラのアリアだ。
ゆったりしたテンポで雰囲気を変えて。
係長のトランペットをメインに、みんな、それぞれの楽器にたっぷり息を吹き込んで旋律を奏でていく。一見簡単そうだが、息が合っていなければすぐわかってしまう玄人受けするアレンジだ。演奏開始からしばらくして、「おお」とうなったお客さんが何人かいた。
四曲目。マイケル・ジャクソンの「スリラー」。
出だしのところで客席は沸き、かなり盛り上がって最後まで。
そしてラストナンバーへ。
Sing, sing sing。
ドラムソロで入って、フロントの三人が途中でソロをとりながら軽めに動いて。
たまに萩岡係長が前に出てトランペットを響かせて。
長いドラムソロ。
会場の手拍子とのやりとり。
うまくいくかな、ここ。
瀬戸さんと夏目先生が会場を上手くのせた。
右端の三田村さんも、やや照れくさそうなそぶりを見せつつ、いい感じで観客を煽る。
ドラムと手拍子が会場を包み込む。
客席が盛り上がっているのを見て、瀬戸さんがワンコーラスだけ歌う。
ステージ上の私たちも含め、会場全体のテンションが上がり、「大人のジャズバー」にいたはずの大人達は子どもみたいにしゃいだ。
ああ、いい夜だ。
ほろ酔いで歩く自宅への道。打ち上げで軽く飲んで、終電で帰ってきた。演奏がうまくいった後の高揚感で、みんなよく話した。すごく楽しかった。
ふわふわと、幸せな余韻が自分を包んでいるのがわかる。
だが自宅前までくると、すっと気持ちが冷えた。いつも十一時には消えているリビングの灯りがついているのが見えたからだ。
そっと玄関の鍵を開け、中に入る。するとリビングのドアが開いた。
「おかえり。遅かったわね」
母のしかめ面。ほろ酔い気分は一気に醒めた。
「ただいま。会社のサークルで遅くなるって伝えてあったでしょ? 先に寝ちゃって良かったのに」
「あのねえ、花音。お母さん心配なの。最近、あなたちょっと変よ?」
「変って何が?」
「晩御飯に帰ってこないし、金曜日はすごく遅いし、今日にいたっては午前様」
「だからサークルだって」
「家族に心配をかけてまでやるのは、おかしいわ。やめなさい」
「……」
何がそんなに気に入らないのだろう。
親は子供の自立を喜ぶものだっていうけれど、どうもうちの母は違う気がする。
「わかった? この家に住む以上は、ちゃんとルールを守りなさい」
への字の口から繰り出される小言を聞いていたら、腹が立ってきた。二十八歳になってまで、何でここまで干渉されなくてはならないのだ。
「じゃあ、家を出る」
その言葉だけを母に投げつけると、私は階段を駆け上がり、逃げるように自室に入った。
(続く)
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◇初ライブ
https://www.youtube.com/playlist?list=PL0-g9V4B-03K0-aCAo7s2QtayltrQw2Ez
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