7.セッションその2.Official髭男dism、エアロスミス、ブルーノ・マーズ
ドアから入ってきたのは、すらりとしたスーツ姿の男性だった。
彼は瑠璃と私の横を足早に通り過ぎ、棚に置いてあった楽器ケースを取り出すと、手早くバリサックスを組み立て始めた。
この人が三田村さんか。
何度か話に出ていたので、覚えている。三田村さんはストラップをかけてバリサックスを持つと、みんなに加わった。
KSJCの並びはこうだ。
チューバ(社長)、ドラム(高林さん)、トランペット(萩岡係長)。
テナーサックス(瀬戸さん)、トロンボーン(夏目先生)、バリサックス(三田村さん)。
そこに由香さんのピアノが加わって、自由なカノンが疾走していく。
そして演奏は最高潮へ。
激しく、大音量のエンディング。
一瞬の静寂。
今度は、心地よいピアノの和音が印象的な前奏が響き始めた。そこに加わるドラム。これは――Official髭男dismの『Stand by you』だ。
さっきまでの激しさとは対照的な、程よいテンポの旋律。中心になっているのは、瀬戸さんのテナーサックス。他の楽器は控えめに絡んでいる。
KSJC特有の凝ったアレンジは、二回目のサビに差しかかったところで始まった。
由香さんのピアノだけ残して、他の楽器は演奏を止めたのだ。
そして、瀬戸さんがマイクの前に立って歌いだした。――ボーカルもありなのか。
歌、上手い。
それに声がいい。温かみがあって、すっと耳に入ってくる。
由香さん以外は、手拍子を。
テンポの違う二種類の手拍子で、瀬戸さんの歌と由香さんのピアノを際立たせる。原曲でもこの手拍子は使われていて、係長はやっぱり、名アレンジャーだ。
あっという間に『Stand by you』が終わり、次の曲へ。
トロンボーンとテナーサックスが繰り返す低音の旋律、それに合わせたドラムがロックな出だし。
「なんだっけ、この曲?」
すごく有名で何度も聴いたことがあるのに、曲名がわからない。
「さあ?」
瑠璃も首をかしげる。
「『ウォーク・ディス・ウェイ』よ。エアロスミスの」
私たちのところにやって来た由香さんが、教えてくれた。ピアノの出番は終わりのようだ。
「このアレンジは原曲ほとんどそのままで、ベースをチューバ、ボーカルはバリサク、ギターのパートを残りの三人が弾いてるの」
なるほど。
うねるような旋律に合わせ、夏目先生、瀬戸さんは動き始めた。萩岡係長も右奥で控えめに体を揺する。ああ、かっこいい。ブラスだけどロックだ。
「これだよね」
瑠璃は笑った。そうだ。KSJCは何をやっても上手いけど、動きながらの演奏が特にいい。絵になる。
最初から最後まで重厚に。
私たちは、存分にKSJCのエアロスミスを堪能した。
「いいわよねえ、みんなそれぞれ格好良くて。育児と介護が重なって退職しなければ、私ももっと一緒にやりたかったわ。特に三田村君の踊りがね、嫌々やってるんだけど、そこがまたいいのよー。次はちゃんと踊るわよ。みんなで練習してたの、知ってるもの」
由香さんが、ふふっと笑った。
たしかに三田村さんは、ほぼ定位置でじっと演奏していた。
色が白くて線が細め。端正だがちょっと神経質そうな見た目で、あまり派手に動くのが好きではないというのも、うなずける。
四曲目。
なんとこれは、高林さん以外の五人がV字に並び(真ん中はもちろん瀬戸さん)、華麗なステップとターンをクルリと決めるところから始まった。
私たちは思わず「おぉっ!」と拍手をした。
それと同時に私の脳裏に、先月、ランチを食べながら係長がスマホで見せてくれた動画が鮮明によみがえった。ブルーノ・マーズ。スーパーボウルのハーフタイムショー。
「かっこいいよねえ。歌だけでもすごいのにさあ、こんなに踊れるんだよ。信じられる? 生でやってこの完成度だよ、アメリカのエンターテイナーってすごいよねえ。僕、最初の方真似してみたんだけど、転んじゃったよ」
あの時きっと、練習中だったんだ。
「チューバとトランペットはあまり動かない」と聞いていたが、彼らもやるときはやるのか。
歌って踊る本物とは違い、KSJCは五人とも楽器をもって演奏しながらだ。両手がふさがっているので、振り付けは完コピではない。でも、実にいい感じなのだ。無理なく自然にかっこよく。飛んだり跳ねたり、時に本物そっくりの動きを見せる。私は思った。
係長も立派なエンターテイナーです!
圧巻のパフォーマンスだった。
「そういうわけで飯倉さん。入部してくれますか?」
演奏を終えた社長が、私に呼びかけた。
「はい!」
……手を上げたのは、瑠璃だった。
(続く)
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◇Official髭男dism、エアロスミス、ブルーノ・マーズ
https://www.youtube.com/playlist?list=PL0-g9V4B-03LspLAOE1dTEurTYtkFDA2N
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