3.楽譜――ルパン三世、中森明菜、B'z、モーニング娘。、斉藤和義

「バンドでドラムをやってみないか」という萩岡係長のお誘いは、丁重にお断りした。萩岡係長はともかく、他のメンバーがかっこよすぎる。地味な私は、とても彼らとうまくやっていけそうにない。スクールカーストでいえば常に最下層だった。気後れしてしまう。


 そもそも、どこの誰がメンバーなのか、係長は教えてくれなかった。


「それは、飯倉さんが加入してからのお楽しみ」と笑っただけだ。


 その日の午後から萩岡係長は、仕事の合間に私と目が合うと、「ふぅ」と小さなため息をつくようになった。こちらの同情を引こうという作戦か。確かに、ややぽっちゃり体系でありながらも上品な顔立ちの係長が憂いを見せると、いうことをきいてあげたくなる。だがその手には乗らないぞ。



 翌週の月曜日、係長のため息が聞こえなくなった。諦めたのだろうか。安心しつつも、少し寂しい気がした。

 だが翌日、火曜日。係長は私に封筒を差し出した。


「飯倉さん」


「はい?」


「これ、ちょっと届けてきてくれる? 重要書類だから、手渡しで。営業二課の高林さんね」


「わかりました」



 うちの会社は食品の専門商社で、営業二課は酒類担当だ。バリバリの営業マンぞろいらしい。

 ちなみに萩岡係長と私は総務課。地道に事務作業をこなす日々だ。



「あの、高林さんに書類をお届けに来たんですが」


 営業二課の入口近くの席に座っていた、感じの良さそうな男性社員に声をかける。


「あ、それ僕です」


 そう言って振り向いた高林さんは、華奢で眼鏡をかけていて優しそうだ。見るからに文系な感じで、思っていたのと感じが違う。机の上にはワインのカタログとフランス語の書類が広がっている。ああそうか、フランスワイン担当の人なのか。そういえば雰囲気がソムリエっぽい。


「こちら、萩岡係長からです」


 私が封筒を差し出すと、高林さんはすぐ中身を確認してくれた。そして「あはは」と笑い、私にを見せてくれた。


 それはA4の用紙一枚で、萩岡係長がマジックで大きく書いた文字。


『説得は任せた』


「すみません、課長。ちょっと飲み物買ってきます」


 高林さんは上司に声をかけると引き出しを開けてB4判の封筒を出し、「そこまでいっしょに」と私を誘った。



 高林さんは自販機で勝ったコーヒーを私にくれると、眼鏡をはずした。


「僕、ドラム担当なんです。転勤で抜けることになってしまって」


 ほんとだ、あのバンドのドラマーだ。まさか社内にいたとは。萩岡係長、直接ドラマーに説得させる作戦か。


「嫌ですか? 僕たちのバンド」


「……ちょっと、派手すぎて」


 高林さんは笑った。


「大丈夫ですよ。目立つのは前の三人だけだから。ドラムは地味でいいんです。萩岡さんもそう言ってませんでした? 萩岡さんだって派手とはいいがたいですよね。ふっくら体形で動かないし」


「そういわれれば」


 係長は整った顔立ちではあるが、メタボ系だ。


「これ、とりあえず見てみてください。レパートリーの中から面白いのを中心に集めたものです。この他にもこの間の椎名林檎とか、普通のジャズとか、色々あるんだけど」


「はぁ。なんで私にこだわるんですか?」


「基本的に、社員をスカウトして加入してもらっているんです。タイミングよく見つけるのは意外と大変で」


「じゃあ、他のメンバーもみんな?」


「ええ、社内にいますよ」


 そうなんだ。


「すみません、会議があるのでそろそろ行かないと。また時間のある時に食事でもしながら話しましょう。萩岡さん経由で連絡します」


 高林さんはそう言うと、「じゃ!」と、爽やかに立ち去った。



 自席に戻ると、萩岡係長がパソコンの向こうから私をちらっと見た。私は視線をそらし、高林さんからもらった封筒をデスクの引き出しに急いでしまった。



「で、これが預かった楽譜?」


 仕事帰りに待ち合わせた瑠璃が、興味津々でカフェのテーブルに出した曲名リストと楽譜を眺めた。


「一貫性、全くないね!」


 瑠璃が笑う。


 歌謡曲からロックまで、雑多なジャンルと年代が詰め込まれていた。私たちが生まれる前の曲もある。


 『ルパン三世のテーマ'78』(大野雄二) 1978


 『飾りじゃないのよ涙は』(中森明菜) 1984


 『love me, I love you』 (B'z) 1995


 『恋愛レボリューション21』(モーニング娘。 )  2000


 『やさしくなりたい』(斉藤和義)  2011



 帰宅後、楽譜の曲を動画で観てみた。原曲を知らないものがほとんどだったので、楽譜と比べてみたいと思ったのだ。そして驚いた。


 どれもこれも、いい曲ばかり。さらにアレンジは、よくまあこんなに絶妙にブラス用に作り直したなと思わせられるものばかり。多分、彼らのオリジナルだ(編曲にオリジナルっていうのも変だけど)。誰が編曲担当なのだろう?



(続く)


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◇ルパン三世、中森明菜、B'z、モーニング娘。、斉藤和義

https://www.youtube.com/playlist?list=PL0-g9V4B-03KQefzkKQaw7VG1YEeXDfMZ


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