破滅の魔眼

 魔眼一族ジュエリア家。

 魔眼は先天的に持ち合わせる才能であるが、魔眼を確実に次の代へと引き継がせる秘術を持ち合わせ、魔眼を途切れさせる事なく継承させている。

 魔眼という一点に限っては、名門中の名門たるジュエリア家に、今日、新たな魔眼が生まれる。

「これで、構わないのかネ?」

「はい……いや、正直想像以上の出来です! あの双子など目でもない! 初めから、こうすれば良かったんだ!」

 ジュエリア家の当主は、かなり興奮している様だった。

 目の前に座る花嫁衣裳の少女に対して、これから犯してやらんとでもせん勢いだ。

 そんな事をすれば彼女の価値を大きく下げる事がわかっているから、絶対にそんな事はしないだろうが。

「ありがとうございます、【外道】の魔術師殿! 再び、いや三度みたびこのような難題を受けて頂きまして!」

「その口振りからして、半ば諦めていたのかネ?」

「い、いえ! 決して、そのようなことは――!?」

 興奮のあまり、地雷を踏んでしまったと、当主は一挙に青ざめる。

 双子の心中以来の悪寒が背筋を襲い、死さえも覚悟した。

「まぁイイ。用件も済んだカラ、私は帰るヨ。君の声紋が鍵になっている。言葉は先ほど教えた通りダ。上手く使うことだネ」

「えぇ、えぇ、もちろんです! 本当に、ありがとうございます!」

 質素な村の中、一つだけ空気を読まず豪奢に飾った家から逃げるように出ると、庭で紫髪と茶髪が追いかけっこをして遊んでいた。

 相変わらず、茶髪の言動の幼稚さについては改善したいと思っているが、次から次へと仕事が来るため、後回しにせざるを得ない。と言うか、もう面倒になってしまった。

 とりあえず自分の事をと呼ばせないようにしたいが、簡単な言語から順に学ばせた方が効率的な事もある、と考えれば、まだ我慢も出来る。

 何より彼女を弄ろうとすると他のホムンクルスらがうるさくて、余計に面倒臭く感じてしまっていた。

「ホラ、帰るヨ」

「パパ!」

 もう、止めろと言うのも面倒くさい。

 赤髪の代役として用意したのだが、かの自立破壊人形の原型モデルがこうも幼いとは誤算だった。年を食う体に相対して、心は幼児退行していたなどと誰が思えるだろうか。

 最早、新戦力として数えるのは諦めている。

「パパ、おしごと、おわった?」

「あぁ、終わったヨ。紫髪、おまえも帰るヨ。それとも、何か用入りかネ」

 紫髪はフードの下で頷く。懐には、いつも抱き締めている本があった。

 博士は、紫髪の用事が何か悟る。

「あぁ、わかったヨ。なら、私は茶髪と共に先に帰ル。おまえも用が済んだラ、勝手に戻っておいで」

 紫髪が頷くと、博士は巨大な狼に茶髪と共に乗り、施設へと飛んで行く。

 見届けた紫髪は屋敷に一瞥を配ると、祈るように十字を切ってから、近くで草を食んでいた相棒の鹿の頭を撫でて、行くよと合図した。

 鈴のような音が鳴る小さな果実を実らせる枝の角を揺らして、生い茂る葉の如く生え揃った体毛を掴む紫髪を乗せて歩く。

 履かせた蹄鉄を鳴らして歩く鹿の名は、サンズノミコト。

 世界でも百頭を下回る絶滅危惧種であり、ホタル以上に綺麗な川にしか生息しない。角として生えている樹木は他に自然界に存在せず、この鹿の頭からしか生えない。

 この樹木から獲れる木の実は古くより漢方として使われ、希少価値が高い事から、高値で取引される。故に乱獲、密猟に遭い、数が大きく減少してしまった。

 人に対して大きな警戒心を抱く動物だが、この個体は紫髪にとても懐いている。故に紫髪が巻き込まれないよう、そそくさと退散して行った。

 絶滅から逃れるため、発達した危機回避能力が働いた結果である。

「あぁ、素晴らしい! 素晴らしいぞ! これこそ我らジュエリア家が求めていた傑作だ!」

 ジュエリア家当主は未だ、興奮冷めやらぬ様子で花嫁の目を見つめていた。

 片や赤い姉の持つ破の魔眼。片や青い妹の持つ滅の魔眼。

 色の異なる魔の双眸が、少女の瞳として光を受け入れ、輝く様をマジマジと見つめる姿は、さながら、万華鏡を覗き込む子供の様。

 揃って魔眼を持って生まれた双子もそうだが、彼女達の目を一つずつ持つ少女の存在は、例えるなら、高級な宝石と宝石とを掛け合わせて作り上げた装飾品アクセサリー。まさに完成品と言っても過言ではない。

 二人が死んだ時には絶望したものだが、結果、二人はホムンクルスとして蘇り、このような副産物すらも生まれた。魔眼一族ジュエリア家の繁栄は、約束されたとも同然だ。

 他の魔眼の一族など、最早目の仇にすらなりもしない。彼女を披露したその日から、暗殺されないかどうかの方が恐ろしい。

「あぁ、素晴らしい、素晴らしいぞぉっ……この傑作を早く世に知らしめたい……!」

「あなた? まぁ、それが話に出ていた? なんて美しいの……!」

 騒ぐ当主の元へ来た妻も、同じ反応を示す。

 魔眼一族に嫁いだ彼女もまた、両目に異なる魔眼を顕現させたホムンクルスを嬉々として、己が魔眼に輝かせて映す。

 元々魔眼を研究していた事もあって、ホムンクルスとはいえ両目に異なる魔眼を移植ないし顕現出来るなど、研究意欲をそそられた。

「早速動かしましょう?! 楽しみだわ、とても楽しみ!」

「あぁ、そうだな。おそらくあの出来損ない共など、遥か凌駕する存在のはず! さぁ、! ホムンクルス!」

 起動の声紋を受け、ホムンクルスが双眸を見開く。

 瞳孔の中心が淡く輝き、それぞれが緋色、群青色を灯した。

「まぁ、何て綺麗なの!」

「あぁ、あぁ、素晴らしい! 予想以上の出来だ! これぞジュエリア家の――」

 言葉の続きは紡がれなかった。隣にいた妻は、己が魔眼の映す光景を疑い、動けなかった。

 不意に伸ばされたホムンクルスの左手が当主の顔を掴んだかと思えば、魔眼にて石化させた頭部を握り砕いたのだ。石になり切れなかった部分から、大量の血飛沫が噴き出す。

 妻は咄嗟の事で理解が追い付かず、己が魔眼を見開こうとするが、ホムンクルスの魔眼が先に硬直させ、思考回路を停止。石化させる事もなく、血塗れの左手が妻の顔を握り潰した。

 呆気なく死んだ夫婦を呆然と見下ろし、ホムンクルスは屋敷の中を歩き始める。

 出くわした先の家政婦や夫婦の子供らを次々と魔眼で見つめ、殺して行く。一時間と掛からずに屋敷全体で惨劇を繰り広げたホムンクルスは、遂に、屋敷の外――小さな村へと侵攻を始めた。

 村人が次々と、魔眼の餌食となって死んで逝く。

 文句を言いに行った村人は屋敷の惨状を見て絶句し、一目散に逃げ出すが、一人残らずホムンクルスの魔眼に見つかり、見出され、捕まって、殺された。

 結果、一日足らずで村は全滅。近隣の村がこの惨状を知ったのは数日経った後の事であり、犯人は見つけられなかった。

 以来、近隣の村では厳戒態勢が引かれており、未だ原因解明のための調査が続けられている。

 が、彼らの努力が実を結び、犯人を捕らえる事は一生ない。

 すべての村人を殺し尽くしたホムンクルスは役目を終えたと言わんばかりに自ら鏡を見つめ、自らの魔眼によって生命活動を停止させ、自害したのだから。

 先に言っておくが、これは【外道】の魔術師が仕組んだ事件ではない。

 奇行とも言える殺戮を行なったのは、ホムンクルス自身の意思である。

 魔眼の暴走か。元の持ち主が抱いていた憎悪が反映されたのか。彼女達の言葉を代弁し、仇を取ってくれたのか。本人亡き今、調べる術はなく、調べられる人もいない。

 結果として、より完璧を求め、双子の更に先を目指した魔眼一族の名家は、絶滅した。

 事件を知った博士は、それこそ神など信じないが、破滅の魔眼が二つの個体――双子として分かれて生まれた事にこそ意味を持っていたように感じてならなかった。

 破の魔眼と滅の魔眼。二つ合わせて破滅の魔眼と謳われた二つの魔眼は、決して一つの器に収まらず、収めてはいけない代物だったのだと。

「より深みを目指し、繁栄を願って求めた魔眼に破滅させられるとは……何ともマァ、皮肉な話しだネェ」

 これは、【外道】の魔術師が仕組んだ事件ではない。

 だが彼ならば、このような結果になることは予め想像出来ていたはずで、想定していないはずもない。

 それでも彼は狙っていなかった。例え計算通りとばかりに嬉々として笑っていたとしても、決して、彼のせいではない。

 欲深い依頼人が、更なる栄光を求めたが故の天罰――そう、思いたいものである。

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