「持つべき物は友達であって同じ穴の狢じゃない」

 魔術が発展した当世において、油を差して灯すランタンなど使っている物好きは、そう多くはない。

 そんなランタン自体、もはや骨董品として市場にさえ出回ることさえなく、むしろ博物館等に人々が辿った歴史の足跡そくせきとして、展示されている方が多いだろう。

 老人――クロシキ・リジョウがランタンを取り出した時には、青髪は驚き、赤髪は大した火力もないのね、と落胆していた。

 老人の代わりに小柄な女性がランタンを掲げ、地下へと降りる。

 ランタンが掲げられるものの、奥のホムンクルスらは手探りで降りなければならないほど暗い。探っていくうちにわかったが、どうやら地下は石段と石壁とで構成されており、天然の空洞を人の手で補強したものらしいことが察せられた。

 螺旋の石段を一つ一つ下っていく青髪らに対し、老人は慣れているにしたってスタスタと、随分早い足並みで下っていく。

 暗殺一家の技術なのか、暗闇はお手の物と言ったような感じもするし、音が反響する地下で、老人の足音だけ聞こえないのも不気味に感じられる。

 さながら、幽霊でも相手にしているかの如く、暗闇に入ると老人の存在が余計に怖く感じられるのは、青髪だけではないはずだった。

「『子供は親を選べない』などと言いますが、その逆も然り。子もまた親を――生まれて来る家を選べはしません。年を経る度、廃れゆく暗殺稼業の家に生まれ落ち、男として生まれたために、次期当主の座を強いられる。そしてあれは余りにも真面目過ぎる上、才能にも恵まれてしもうて……不憫でなりませんわい」

 魔術学園に通っているというひ孫の話なのだろうが、その話題のときに限り、老人は余り笑わなくなる。だからこそ怖い。

 足音もなく、暗闇にも慣れている。ただそれだけのことなのに、小さな背の老人に襲い掛かられたら、抗いようもなく殺されてしまいそうで、怖くなる。

 老人からは、殺気の一縷も感じられないと言うのに。元とはいえ暗殺一家の当主で、隠居の身でありながら未だ健康優良そうな立ち居振る舞いをするが故、植え付けられた先入観が増長されてしまい、抗い術もなく怖くなってしまうのだった。

「暗殺一家は代が変わろうとも、同じ家、王族、貴族の家に仕えるもの。例外として、門下を分けた場合。仕えていた家が没落した場合。そして、護るべき人がいなくなった場合は別ですわい」

「暗殺一家が、そんな傭兵紛いのことをするのかね?」

「当然。暗殺一家は何も、快楽殺人鬼の集まりでも、快楽殺人鬼の一族でも、ありませんので。雇い主――主が命じた者を殺すことが仕事。生かすための殺しが生業ですんでね」

「てっきり、依頼されれば誰でも殺す、金に目が眩んだ連中かと思ったよ」

「はっはっは。まぁ、暗殺稼業が全盛期にあった頃には、そんなゴロツキも多く出たもんですわい。お陰で本家の我々にまでそんなイメージが定着してしまいまして、迷惑した時代もありましたわい」

「では、今ノ雇い主は?」

「孫の代で、変わってしまいましたわい。時代に限らず、暗殺稼業は移り変わりの激しいもの。自分の仕える家の者が、標的にされることとて、珍しくもない。しかしそれでも、護り切れず殺されたなら仕方なしと割り切れましょうが、病気で死なれたなどと、私達でさえ届かぬ距離で死なれては、空しいばかりですじゃ」

「要はが、依頼の内容というわけだネ」

「お察しの、通りですじゃ」

 五分ほど下っただろうか。

 最下層、最奥に到達した。今までは天然の穴に人の手を加えたような作りだったが、最奥にあった木造の扉と、その先にあるだろうスペースは、完全に人の手で作られた雰囲気だった。

 中は簡素で、装飾の一つもなかったが、雰囲気だけで言えばどこぞの王の墳墓の如く、静寂かつ荘厳な雰囲気があった。

 真ん中に堂々と存在――君臨するひつぎが、緊張感を煽って来る。

 棺もまた、豪奢な装飾が施されていたり、逆に禍々しい雰囲気を放っているわけでもないのだけれど、何故か緊張させられる。

「ここに眠る人のホムンクルスを、作って頂きたい。そして出来ることなら、そのホムンクルスをひ孫のいる学園へ、送っては頂けないじゃろか。無論、その分の報酬は払います」

「……マァ、引き受けると言った以上、断りはしないヨ。ただ、一つ質問をいいかネ? プライバシーに関わることだから、無理に答えろとは言わないヨ」

「はて、なんでございましょう」

「孫の代で、仕える主人が変わったと言っていたネ。ホムンクルスを作る上でDNAを調べるカラ、元の家柄はわかってしまうからいいとして、ダ……今、孫とひ孫が仕えている家について、教えて貰ってもいいかネ? 後でゴタゴタするのもされるのも、こちらとしては困るのでネェ」

「なるほど。確かにそうですな……雇い主はシニエライト。どこにでもあるような凡人貴族の家系なのですが、妙な噂がありましてな――」


  ▽  ▽  ▽  ▽  ▽


 体育測定の類は、種族によって記録が異なるのは当然だ。

 だが、どの種目に関しても、驚くべき記録を出す者は必ずと言っていいほど存在する。

 今年度の第五国立魔導学校、一年生第四クラスにおいて、エスタティード・オレンジがこれに該当する人間だった。

 棒高跳び――二九〇センチ。

 挑むオレンジの倍の高さ。普通に跳んだところで、まず届かない。

 だが、ここはそもそも魔導学園。普通の身体能力の高さなど、求められてはない。

「加速魔術式、起動五秒前。二秒後、跳躍力強化術式、自動発動オート・スタート。セット――」

 肩で風を切り、予定通り二秒後に起動した術式に従って高く跳躍。二九〇センチの高さを、悠々と跳び超えた。

 のけ反った背中から用意されたマットに着地。勢い余って後転し、丁度良く足が地面について腕を真っ直ぐに伸ばした状態で止まり、周囲から関心の声を集めた。

 二九〇センチという長さ自体は、そこまで凄くはない。だが、自分の倍以上の高さを軽々と跳べるまでに自身を強化出来る魔術の技量は、周囲と比べても群を抜いていた。

 持ち合わせている身体能力も含め、未だオレンジという少女の底は、誰の目にも見えていない。

 わかっていることは、とりあえず凄い、という浅い部分だけだ。

「お疲れさぁん」

「お疲れ、様……」

「ほへぇ、喉からっからでぁぁぁぁぁぁ……」

 蛇口を反転させて、出て来た水をがぶ飲みするディマーナ。

 彼女を構成する四分血統クォーターは、基本的に体格の大きい種族ばかりで、彼女自身も基本ベース人間ヒューマンだが、女にしては体が大きい。

 故に彼女からしてみれば普通の量でも、オレンジのような小柄な人間からしてみれば、がぶ飲みと表現して相違ない量に感じてしまう。

 見ていると、お腹に水が溜まって重くなりそうなイメージだ。

「ディマーナ。オレンジ。お疲れぇって、ディマーナ。水飲むだけなのに迫力凄いな」

「ワル、ツェ。アザミ、も……お疲れ」

「ん。お疲れ」

 アザミはうんと背伸びして、水筒に水を入れてから飲む。

 小人族でもないのにオレンジよりも身長が低く、小さなアザミには、学内施設のすべてが高過ぎるし、大き過ぎるのだ。

 アザミはスライムだが、人型になった際の身長がずっと小さいなんて特色はなく、アザミだけの希少な性質だと言える。

 ただし珍しさだけで言えば、世界でも希少な天使族であり、尚且つ翼を持たずして生まれたワルツェには、負けてしまうが。

「オレンジ、見てたよ。最終記録四三〇センチ。自分の三倍以上跳ぶだなんて、凄いじゃんか」

「……あり、がとう。でも、ワルツェも、四六〇センチ。私より、高い」

「いやいや。高さだけ見ればそうだけど、私はオレンジより身長あるから、もっと跳べないと。オレンジとは二〇センチ違うし、魔力の具合から言っても五〇〇は超えないとね。先生のリアクションも厳しそうだったし」

「そう……なの、ですね」

「お陰で四〇〇センチだけの私でも、ちょっと褒められたわ」

「あぁ。ごめん、アザミ。別に嫌味で言ったわけじゃあないんだ。機嫌直して」

 プイ、とそっぽを向かれてしまった。

 だが、頭頂部から束になって跳ねている髪の束が、彼女の感情を教えてくれる。

 そこから察するに、拗ねてはいるものの、深刻ではなさそうだ。後で昼食でもご馳走すれば、機嫌を直してくれるだろう。

 それよりも、問題にすべき事案が周囲に蔓延っている。

「ワルツェ。オレンジ。アザミ……気付いてる?」

「うん? それは……どれの事かな。周りから私達を狙ってる魔術師の数? 種類? 系統? どれが誰狙ってるか?」

「数は八。種類はすべて風属性。系統は狙撃に適した弓矢型。狙いは……どれも、わた、し」

「全部わかってるわ」

「なら、問題ねぇな」

 世の中、同じ穴のむじなという種族がいる。

 種族――というか、同胞、と言うべきかもしれない。

 同じ傷、同じ不浄を抱えた人間達が同じ傷を舐め合って、慰め合って、労わり合う仲間を差して使う言葉だが、持つべき物ではないとは思う。

 要は自分と同じ欠点、弱点、傷、不浄を持つ人間を見つけて『自分以外にも同じ人間がいるんだ』という安心を得たいだけ。自分の弱点を、弱点のままにしておきたいだけだ。

 弱点を克服することも、心の傷を治すことも億劫だから、遠回しにする理由として探して、同じ穴に招き入れて、安心しているだけ。

 だからこそ、エスタティード・オレンジ――彼女と言う人間は強い。

 自分以上の膂力を誇る四分血統クォーター

 希少種かつ、孤高の天才気質の天使。

 体も小さく、気難しいスライム。

 同じ穴の貉とするには、どれもこれも規格スケールが違い過ぎて、彼女が穴とする傷や不浄には、収まることなどないだろうし、収まっても癒えることはないだろう。

 だから彼女の周囲にいる人間は、同じ穴の貉ではなくなのだ。

 同じ傷を舐め合うことも慰め合うこともなく、切磋琢磨し、共に在りながら傷つけ合い、傷付き合い、共に障害を乗り越え、それぞれ別の頂へと至るための仲だ。

 持つべき物はそういう友であり、同じ傷を舐め合う貉ではない。

 だからこそ彼女は――いや、彼女達は強い。

「よぉし。じゃあオレンジを中心に右方をあたし。左方をワルツェ。後方をアザミ。真正面をオレンジが自分で。それぞれ担当? オーケー?」

「了解。わかった」

「いいわ」

「……うん」

「ダメだ。失敗だな」

 結果はもう見えた。

 が、依頼した生徒らは己のプライド故か報酬のためか、気付かれて尚やめる様子がない。気付かれていることにさえ気付かない――そんな馬鹿に依頼した覚えはないのだが。

 何より方法が駄目だ。彼らにも得意分野があるだろうと、丸投げする形で任せたが、翼がないとはいえ天使族がいるときに風の魔術で狙い打とうなどと。

 ましてやレッド・ディマーナの魔力探知能力は、学内でもトップクラスに位置する。わざわざ標的を定めて放つ狙撃では、放つより前に気付かれるのは必至。暗殺出来るはずもない。

 そしてスライムがいる時点で、あの四人に死角はない。狙い打つこと自体、出来るはずもなかったのだ。

「っとぉ! あたしの目の黒いうちで、友達を射貫こうなんていい度胸ね!」

 “龍王の怒号ドラゴニック・ハウリング”。

 龍人族リザードマン。龍族のみが使える能力で、魔術ではない。

 言ってしまえばただ大声を張るだけなのだが、侮ってはいけない。

 純粋な龍人族リザードマンでないディマーナが使うのは紛い物で、真正面にしか響かないが、逆に言えば、真正面にいる相手にはこれ以上なく効く。

 それこそガラスを割り、壁面に亀裂を入れ、敵の鼓膜を破り、脳を揺さぶって気を失わせるくらいは、軽いものだ。

「そこか」

 放たれた風の矢をそよ風に変えたワルツェの指が円を描くと、矢を放った生徒の足元に魔術陣が現れて転ばせる。

 世界初の人体飛行魔術陣を完成させた彼女にとって、位置さえわかっていれば、見えない箇所に魔術陣を設置するなど造作もない。

 今回は摩擦係数をゼロにする魔術陣。摩擦がないため、ちょっとでも動こうとすれば転んでしまって、その場からまったく移動できない。

 解除する術はあるが、術式を解読しようにも解読する態勢にまずなれないだろうし、なれたとしても術式は難解。解除する前に捕まることは、言うまでもない。

「もう終わったかしら?」

 アザミは何もしてないように見えて、二人よりも先に仕留めていた。

 スライムである彼女は水道の蛇口と手を繋げており、蛇口から確保した水を地面に染み込ませ、標的へと伸ばして絡め取っていた。

 クラゲの触手のようだが、基本は水。雲と同じで掴もうにも掴めるものではなく、ほどけるような物ではない。

 彼女の能力は暗殺者のモモシキ自身、自分より暗殺者らしいと羨んだりもした。

 そして――

「オレンジ? え、ちょ! 待っ――!」

「あ」

 本人は指先から空気の弾を放つ“気砲エアガン”を放つつもりだったのだろう。

 が、先の授業と同じでまた調整を誤り、威力としては三つ以上桁が上の上位魔法“獅子王咆哮キングス・ブラスト”に匹敵するほどの大気の大砲となってしまった。

 結果、狙撃してきた風の矢を相殺するのはもちろん、狙撃して来た生徒二人を吹き飛ばすに留まらず、研究棟を半棟、木っ端微塵に倒壊させるにまで至る。

「……だから。やり過ぎだってば!!!」

「調整、難しい」

 暗殺失敗。

 そしてあれを暗殺するのは無理だと、モモシキは悟らざるを得なかった。

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