「みんな違ってみんな良い、という妥協」

――安っぽい作りの案山子かかしだネェ。

 あの人ならそうも言いそうな、簡素な作りの人形が十メートル先に並んでいる。

 魔術による防壁が張られているそうだが、金髪の盾と比べると簡素に過ぎて、岩壁と紙束くらいの差を感じる。

「では、エスタティードさん。お願いします」

 今からあの簡素な案山子相手に、指定された魔術を放って威力を計る。

 魔術陣の構築速度やら、安定の具合やら、他にも色々と計測するものがあるらしいけれど、金棒に括り付けた藁の塊を燃やして、一体何がわかると言うのだろうか。

「指定魔術は、“火炎弾ファイアボール”です。どうぞ」

 よりにもよって炎系の魔術。

 頭の中の赤髪が、より一層派手な火柱を上げている光景が見えて「は? 藁を燃やすのに炎弾も火柱も大差ないでしょう?」と返しているが、ここは素直に従っておく。

 標的を指差し、指先に魔力を収束。魔力が熱を持ち始め、ボールならば両手で持ち上げる程度の大きさにまで膨張したところで、ビーズ程度の大きさにまで圧縮して――放つ。

「あ」

 放ってから少女が漏らした間の抜けた声と、直後に起こった“火炎弾ファイアボール”の破壊力は、まったく釣り合っていなかった。

 調節を間違えたというのは、何となくわかる。しかし、間違えたとしても弱過ぎれば頷けた。

 何しろ少女は詠唱を省き、魔術陣を展開することもなく、掌ではなく指先で放つなんて、格好を付けたい男子が一度は試して失敗する定番の形で放ったのだから、弱過ぎて当然。

 周囲の皆も、そう思っていたのだが。

 

 威力は抑えたつもりだったのだが、最後の最後で調節を誤った。

 赤髪のように灰燼にすることは出来なかったが、先にクラスメイトの炎弾を受けて焦げただけの人形と、もう片方の出番はまだだったはずの人形まで巻き込んで、爆散させてしまった。

 凄まじい熱風が返ってきて、周囲から熱い熱いと聞こえてくるが、体を巡る龍の血の影響か、それ以上の炎をずっと見て来たからか、放った当人は涼しい顔をして、調節を誤った理由と改善すべき点をあれこれ考えていて、聞こえたものの頭には入っていなかった。

「え、エスタティード、さん……」

「……ごめん、なさい。加減を間違え、ました」

 転入から三日。

 慣れた――という感覚はよくわからないけれど、学内での立ち居振る舞いは何となく定まって来た気がする。

 自分から話しかけるというのが難しくて苦労したけれど、興味を持って話しかけてくれる子が本当にごく少数だけいて、結果、その人達がオレンジにとっての友人的立場になるのは、ごく自然な流れと言えた。

「加減を間違えたって……あれはそもそも“火炎弾ファイアボール”なんて初歩の魔術じゃないでしょ。最低でも、一段上の“溶岩弾イグニートボール”でしょ、あれは」

「教えてくれた人は『これくらい出来て当然よ』って……」

「うん、わかった。その人も異常だし、言われるがまま出来ちゃうあんたも異常だって事が」

「でも才色兼備って、オレンジのことを言うんだろうなぁ。この雰囲気で貴族でも王族でもないだなんて、信じられないもん」

「……ありが、とう」

 橙色の髪を揺らす少女の両脇を固める女子生徒二人。

 一人は鬼族オーガ人間ヒューマンの間に産まれた父と、龍人族リザードマンと魔人族の間に産まれた母との間に産まれた四分血統クォーター。レッド・ディマーナ。

 もう一人は突然変異によって本来の翼を持たずして生まれながら、後に会得した魔術にて光の翼を得た、世界でも希少な天使族の中でも更に希少な存在。ワルツェ・ダンティエリオ。

 そして――

「あれ、アザミは?」

「ここ」

 クイクイ、とディマーナの袖が引かれる。

 鬼族オーガの血か龍人族リザードマンの血か。そこらの男子よりもずっと背の高い彼女の後ろにいると、同世代の人間ヒューマンと比べても半分程度しか身長の無いアザミ・ハイドは、スッポリ隠れてしまうのだった。

「見失わないで頂戴」

「あぁ、ごめんごめん。歩幅合わせるの、うっかりしてた」

「もう」

 不機嫌そうだが、そこまで怒ってもなさそうだ。

 彼女の頭頂部から弧を描くように生えている毛の跳ね具合で、何となくわかる。

 スライムの本人曰く、本当に怒ったときは頭から湯気が出て、弧を描く毛先から雫が垂れ始めるらしい。だからそんな気配のまったくない今は、言うほど怒ってないということになる。

「次は運動らしいから、早く行きましょう」

「そう、だね……」

 緋色髪の四分血統クォーター

 タンポポ色の髪を揺らす無翼の天使。

 灰色の髪の小さなスライム。

 最近転校してきた少女の友達として、周囲を取り巻く環境を作る数少ない友人が、以上の三名である。

 周囲からすれば何とも接し難い、はぐれ者同士が寄り添ったとさえ見られる異色の四人。

 彼女達が仲良くなるのは自然な流れだったのか、見えざる誰かの招き手か。ともかくオレンジらしいと言えばらしい、個性豊かな友達が出来たのだった。

「あの子? 噂の転校生って」

「……あぁ。あのオレンジ色の髪をした女の子ですよ。エスタティード・オレンジ。練習を重ねる者――などと。一体どこの生まれなのか」

「どこで生まれたかなんて、この際どうでもいいわ。重要なのは平民の生まれか、貴族の生まれか、王族の生まれか。それくらいでしょう?」

「まぁ、あなたはそうでしょうね」

「そう言うあなたは違うの? 今や廃れた暗殺一家の末裔ながら、魔術を学びに来た異端児たるあなたは。ねぇ、モモ」

「……その呼び方はやめてください」

 名付けた祖父が、時折憎らしく思えてくる。

 クロモモ草の茶が好きだからと、孫の名前をモモにするだなんて。

 正式にはモモシキ・リジョウなのだが、周囲は大体モモと呼んでくるので、一応男の身としては、恥ずかしく感じていた。

 暗殺一家の未来の跡取りなのだから、植物なら花言葉からそれっぽいのを選ぶとかあっただろうに。中性的な顔立ちのせいで、余計イジられるから恥ずかしい。

 特に現在進行形で、隣で座りながら見下したような目で仰ぐキキョウ・シニエライトのような、王族、貴族の「魔術でも習ってみようかしら」程度の軽い気持ちで通っている連中が、退屈凌ぎとばかりに。

「ねぇ、あいつに弱点とかないの?」

「弱点、ですか」

 見つけたらどうするのだろうかは、大体見当が付く。

 モモシキのようにとことんイジって、虐めて、退屈を凌ぐつもりでいらっしゃるのだろう。

 本当に暇な人だ。学園という場所の定義を知らないらしい。そんな人にとって、彼女は退屈な人なのだろうなと、語るより前から思った。

「さぁ。ただ聞いている限りは、弱点らしい弱点はありませんね」

「ない? 嘘をつきなさいよ。魔術が下手とか。運動能力が低いとか。そもそも無能だとか。逆に平凡過ぎてつまらないとか。色々はなくとも一つくらいはあるでしょう?」

「ただの“火炎弾ファイアボール”が、“溶岩弾イグニートボール”さえ上回る魔術の才。体術の模擬戦では、倍以上の身長と体重の差がありながら投げ飛ばすなどして無傷で終了。知識は有限ながら豊富で、八ヶ国言語を操る上に宮廷マナーまで文句のつけようもなく、魔術薬の調合においては右に出る者がないとか」

「……容姿は?」

「立てば芍薬しゃくやく、座れば牡丹ぼたん、歩く姿はまるで百合ユリ。誰もが手を伸ばせど届かぬ高嶺の花――と、異性からはもちろん同性からも好評です」

「私以上に?」

「正直に申し上げていいのなら、王族のあなたより断然綺麗かつ品があります」

「そ。あなたの好みがよぉくわかったわ」

 ちょっとした意趣返しのつもりだったのだが、思ったより効いたらしい。

 今までの仕返しとして、ほんの少し、ちょっとだけ返せた気がして、その分だけ気が晴れた。

「でも、言う程人気には見えないけれど?」

「どうも格が違い過ぎる余り、周りの人は近寄りがたいようで。某国の貴族が彼女にちょっかいをかけたところ、学が違い過ぎて返って恥を掻いた場面を見た者も多く、扱いとしてはもはや王族や貴族を凌駕してさえいるかと」

「……ムカつく」

 遠回しに「貴女に勝てる要素は一つもありません」と伝えたつもりだったが、通じたようだ。

 この後の展開は大体想像付くので、あまり喜んでばかりもいられないのだが、彼女の秀でた才能のお陰で今までの鬱憤をほんの少しだけ、二度連続で晴らすことが出来た。

 彼女当人はまったく関係ないことだが、寮に花の一凛でも送っておこうと思った。

「モモシキ」

「なんでしょう」

「あいつさ。殺して来なさいよ」

 フルネームで呼ぶ場合は本気の時だ。

 まだ正式な契約はされてないものの、未来の主人の器の小ささに先が思いやられる。尤も相手の器次第では、その未来さえないかもしれないのだが。

 今日までうまくやって来たものの、今回は展開が読めない。はてさて、どうなることやら。

「暗殺一家の次期当主でしょ? 出来るわよ、ねぇ?」

「バレた場合の対処を考慮しておくことを、おススメしておきます」

「そんなこと言って、今まで失敗したことないじゃない。おまえは自分の主人に無駄な手間をかける気?」

「……失礼しました。では精一杯、努めて来ましょう」

 今まで失敗したことないのは事実だ。我ながら、良くやった結果だと思っている。

 どんな種族が相手だろうと、彼女の命令通りやって来た。後始末も、一切の痕跡が残らないよう尽くして来た。

 確かに功績だけで見れば、信頼されてもおかしくないかもしれない。だが――いやだからこそ、主たる王女様の軽率かつ浅はかな判断力には、溜め息が漏れる。

 王女は理解していない。

 彼女の隣を歩く四分血統クォーターが、現在当学園に通う全生徒の中で最強の膂力を有する怪力の持ち主で。

 彼女の隣を歩く天使が、誰もが再現出来ず、しようともしなかった生物での飛行魔術を成功させた稀代の才能の持ち主で。

 彼女の隣を歩くスライムが、薬学において天才的な才能を持っており、すでに作った新薬の一つが特許を取ったという功績の持ち主で。

 彼女が、ことを。

 今現在の光景そのものを差して言っているわけでは、もちろんない。

 彼女は学内最強の膂力と張り合い、世界屈指の魔術と張り合い、世界有数の天才と同じ地点で会話が出来る。

 そんな、三流小説に当然のように現れる、学園というシチュエーションにおける典型的天才キャラクターをそのまま引っ張り出して来ました、みたいな人を何故相手にしないといけないのか。

 勘弁して欲しい。最早使い古された、かませ犬役でも持ってそうなほど当然のように優秀で、誰もが理想的とする万能の権化だ。

 まったく、誰だそんな神を作ろうとした馬鹿は。

 みんな違ってみんな良い、という妥協でみんな納得しているというのに、我が子を可愛がる余り、多才を超えて万能に至らせるなどと、一体どこのどんな親が育てたのだろう。

「まぁ、愚痴を挟んだところで意味などないのだが」

 練習を重ねる者、エスタティード。

 その名の通り、膨大な練習を重ねたのかもしれない。この先も、より重ねていくつもりなのかもしれない。

 或いは、もう重ねた結果辿り着いた集大成が彼女なのかもしれない。

 いずれにせよ、彼女と対峙しなければならない事実を、溜め息で吐き出して空いた分だけ受け入れ、モモシキは計画を企て始める。

 自分にモモの名を与えた祖父が、彼女に名を与えた【外道】の魔術師と接触しているなど、知る由もなく。

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