外道魔術師と暗殺者
暗殺魔術師
ガラガラ、と引き戸が開けられると、筋骨隆々としたサイの獣人が出迎えた。
家に上がるときは靴を脱ぐ、という他国にはない風習に戸惑いながらも家に上がり、獣人に案内されるまま廊下を進む。
木で造られた家と聞いていた青髪は、他国では感じられない落ち着いた、荘厳と言ってもいい雰囲気に若干緊張させられていたが、何より緊張感があったのは、廊下の片側に並んで立つ、同じ道着を着た人達だった。
年齢も性別も種族も問わずと言った感じだが、等しく感じられる殺気に近い気迫。
金髪が怖がって来なかったのもわかるし、喧嘩っ早い赤髪や、敵対したら一切容赦ない銀髪を連れて来なかった理由も何となく察せられた。
けどそれでも、青髪だけでなく緑、紫、黒と、四人ものホムンクルスで同行することとなるとは、思ってなかった。
これから会う人はかなりの大物らしいとは聞いているのだが、名前も素性も聞かされてない。
それでも近親者らしからぬ多くの人が集まっている辺り、裏の人間というわけでもなさそうだが、今のところ家を見る限りでは、素性に関する者は見当たらない。
ただし長い廊下を進んでいって、角を曲がった先。通りかかった部屋の戸が開いていたので覗き込むと、帝国から王国から、世界中の国々から送られれている感謝状や賞状が飾られているのが見えた。
「凄い人なのかな……」
「国防軍や警備部隊関連の賞状ばかりだったな。先程の門下生らしき者達の気配といい、武術に秀でた人なのだろう」
さすが、獣人の血が通う緑髪。
一メートル弱離れた距離から賞状の文面を読み取っただけでも充分凄いが、何気に各国の文字をすべて理解していることも学があることを示しており、青髪は感心すると同時、つい最近まで側にいた少女の事を思い出す。
彼女がきっと今隣にいたら、姉の面目とか立つ瀬がないとか考えただろうに、今何も考えることなく、ただ凄いなと思っただけの自分しかいなかったことに気付いて、青髪は一抹の寂寥感を覚えてしまったのだった。
ふと、窓から見える青空に視線を配る。
「彼女なら、うまくやっているさ」
「……うん、そだね」
などと話している間に、依頼人の下へ着いたらしい。
長々と廊下を歩かせた割には、大きいものの質素な部屋。
長椅子もなければソファもなく、とても客をもてなすための部屋とは思えないし、依頼人の私室とも思えない。
依頼人は部屋の奥に敷かれた座布団の上で、胡坐を掻いて座っていた。
「これはこれは、わざわざ遠路はるばるどぉもお越しくださいました。魔術師殿」
目が見えないのかな、と青髪が思ったのも無理はない。
老人の顔には人のそれと同じ目の他にも、目尻にそれぞれ小さいのを二つずつ――計六つ付けていたが、どれもあらぬ方向を向いたまま、自分達の方を向くため動かなかったからである。
だが六つの目は確実に博士と四人のホムンクルスを捉えており、ニタリ、と粘着質な笑みを浮かばせたのだった。
「どうぞ、何もない部屋ですがお掛けください。お嬢さん達は……紅茶もあるが、クロモモ草のお茶でも構わんかな?」
と、老人はお茶を淹れ始める。
先程の屈強そうな門下生らの誰かが出てくることもなく、部屋に入ってくる様子もない。むしろ老人の邪魔をしないよう、入らないようにしている雰囲気さえあった。
「どうぞ? 魔術師殿もどうぞ。お口に合うといいのですが」
ケタケタと笑う老人も、同じ茶を飲む。
程よい温度で淹れられたお茶はほんのり甘く、お茶に関してそこまで知識のない青髪でさえ、いいお茶なんだなというのがわかった。
何より茶葉にしているクロモモ草は、人体にも有害な毒を持っている。これをお茶にするには相当の技術がいることから、高級茶とされているのだ。
市場にあれば軽く手が出せるような値段ではないはずのお茶が、客のためとはいえ出されるなど、各国の賞状といい、只者でないことは間違いない。
「さすがに、クロモモ草だネ。噂に違わぬ味ダ」
「それはそれは、よぉございました」
ケタケタ――いや、ヘラヘラと表現すべきか。
先程から博士を上に扱っているようでいながら、どこか軽んじているように思わせる笑い方をするのは、やはり歳上だからだろうか。
だがどこか、それ以外の要因を感じてならない。正体こそ、わからないが。
「しかし天下の魔術師殿に、こんな老人の我儘を聞いて貰えるだなんて、思っとりもしませんで。なんとお礼申し上げれば良いものか」
「無駄話はいい。さっさと本題に入らないかネ」
「まぁそう仰らず。ジジィの話し相手も仕事の内ですじゃて」
ケタケタとまた笑う。
いつもならここで――怒鳴りこそしないが、急かしはするはず。
だが博士が急かそうとしても、老人はのらりくらりと躱して、ケタケタと笑うばかり。
さながら舞い散る木の葉を殴っても、手応えどころかむしろ空しく感じるのと同じ感覚。
おそらく老人に対し、力押しというのは通用しないのだろう。廊下に並んでいた屈強そうな獣人でさえ、軽くあしらわれて終わるイメージが出来てしまった。
「私にもひ孫がおりましてな? そこのフード被ったお嬢さんと同じくらいの歳なんですが、今年魔術師になるんだって学園に入学したんですよ。暗殺一家から、初の魔術師が生まれるかもしれませんや」
「――あ、あんさちゅっ?!」
噛んだ。
噛みましたね。
他のホムンクルスらからの視線が熱い。
あからさまに噛んだことを隠す手立ても術もなく、恥じらって俯く青髪に老人は笑って答えた。
「そうかそうか! お嬢さん達ぁ、ここがどこだか知らされず来てたのか! そりゃあ、驚くのも無理はないよのぉ。はっはっは!!!」
「何を今更、暗殺一家程度で何を驚いているのだネ」
「だ、だって暗殺だよ?! 暗殺!!!」
「今まで王室だなんだと歩いてきただろうに、ったく……」
「まぁ、今のご時世に暗殺一家など、絶滅危惧種に等しいですからなぁ。驚くんも無理はないですわい」
絶滅危惧種とは言いながら、寂しいとは感じてない様子。
暗殺一家だからの淡泊なのか、冷酷なのか。未だ初対面の青髪含めたホムンクルスらには、老人の気質は測りかねる。
「それこそ、魔術が奇跡ならざるもの……人の体得出来る技術であったとわかってから、暗殺者は途方に暮れたものよ。蜘蛛の化生から糸を作らずとも、魔術で作った糸は人の首どころか岩すら斬ってしまうし、火薬がなくとも爆発を起こせてしまう。暗殺一家が廃れていくんは、決まっていたことだったんじゃて」
だからこそ、暗殺者の家の子が魔術を学ぶことは、吉と出るのか凶と出るのか。楽しみなんですよと、老人はまたケタケタと笑っていた。
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