外道魔術師と氷の王女

「冷たく静かで動かない。それは死と変わらない」

 この国は閉鎖的だ。

 年中雪が積もってる。年中雪が降っている。だから誰も外に出たがらない。

 食糧が尽きかけているとか薪が足りないとか、ともかく緊急の用件でない限りは家を出ることなく閉じ籠っている。

 当然だ。

 毎日雪が積もっているのだ。寒さに加えて歩きづらさもあるし、誰も好き好んで出たがるような世界ではない。雪は人々から外出する心も吸い込んで、国全体を静謐な牢獄としている。

 中でも氷の王女が住まう王城は、もはや難攻不落の監獄と言って過言ではない。

 いや、監獄というよりは棺桶か、あるいは墓場そのものか。

 何十人という人間が住み込みで働いているはずなのに、雪に物音も生気も吸い込まれて、静謐かつ静寂かつ寡黙かつ沈黙の続く王城は、すでに廃墟で誰もいないのではないかと噂された時期さえもあった。

 しかし不思議ではない。

 何せ住み込みで働く何十人の侍女や料理人が出入りするところはごくたまにだが見かけることはある。事実、彼らの出入りが目撃されたが故に廃墟説はなくなったのだから。

 だが彼らが仕えているはずの王族――特に魔術の天才にして氷の王女と謳われた第一王女に関しては、ここ十数年誰も姿を見ておらず、城で働く者の中でもごくわずかな人間しか彼女の姿を見たことがないという。

 二年前に長年王族の世話係を務めた老人が老衰によって逝去された際、王女は健在だという遺言を残したものの、確かな確証はない。

 かといって真相を暴いてやろうとする好奇心も毎夜降りしきる雪に吸い込まれて、誰も忍び込んでやろうなどと考える無謀な勇気も元気も湧かなかった。

 この国はもう死んでいる。と、誰かが言った。否定する者は誰もなかった。

 冷たく静かで動かない。それは死と変わらない。故に何に対しても情熱が無く、飢えそうになるか凍えそうにならなければ動こうともしない。半死半生――もはや、自分達は生きていると主張できる者もなかった。

 そんな雪国の悲惨な状態を知って、隣国の王が同盟を結ぼうと言って来たのはもう十一年も前の話になるか。

 表向きは当時隣国と緊張状態の続いていたとある国との戦争に備えての同盟とのことだったが、どう考えても同じ雪国として見過ごせない事態にある国を手助けしてやりたいなどと同情されたことは明白。

 だが仕方ない。実際、国中の誰もが自分達は生きているなどと見栄を張れる状態になかった。同じ雪国でありながら、国民は隣国の人々と比べて明らかに死んでいた。侮辱されたなどと怒る者も当然、誰もいなかった。

 憤慨も悲哀も苦渋も受けまいと、温室でぬくぬくと過ごす国民の誰も生きてはいなかった。

 そんな閉鎖的で死人ばかりの国の王城で、今日、舞踏会をやることが決まった。

 他国の豪奢な装飾が施された城と比べても地味で、質素と言えばまだ聞こえはいいが、静謐かつ静寂かつ寡黙かつ沈黙、かつ死体を安置する部屋の如く凍える城で行われる舞踏会になど誰が行くのだろうか。

 少なくとも、一般市民の誰も行く気などなかった。仮に招待状が届いたとしても、開封することなく薪の代わりにべてしまうだろう。

 きっと、王族との親交を続けたい貴族のいくつかが嫌々行くような感じだ。そんなギスギスした場所で踊ったところで何も面白いことなどあるまい。むしろ雰囲気が悪いだけだ。静かで寒い上に気まずい空間など、誰が好き好んでいたがるものか。

 と、思っていたのだが、いざ舞踏会の開かれる夜になってみればどうだ。

 しんしんと降り注ぐ雪の中、どこぞの異国の大名行列かというくらいの客が城へ向かって馬車を走らせ、または歩き、はたまた自ら獣に乗っていた。

 その中に、青色と橙色の髪を揺らして歩く二人の少女を連れて歩く男の姿も――

「お? おぉっ! よく見ればアヴァロンではないか!!!」

 この静かな国で、決して誰も自分の名を呼ぶことなどないと思っていた。というか、なんともこの静かな国に似合わぬ轟音にも近い馬鹿デカい声。雪崩すら起きそうだ。

「なんだ久方振りだなぁ! 元気にしてたか?! その様子だとまぁた何か企んでおるのだろう。戦争だけは起こしてくれるな!!! 俺もあんな大戦、二度目は御免だからなぁ、ハッハッハ!!!」

「うるさいネェ……おまえには声を潜める、という概念がないのかネ。右を見てみなヨ。この風景が仮に絵だとしたら、おまえの声はそこに油を注ぎこんでいるようなものさネ」

「んー、ん? つまりはどういうことだ?」

「台無しということだヨ。遠回しに言ってやったのに、なんで伝わらないかネ。この単細胞は」

「ハッハッハ!!! 俺はおまえやパルテナみたいに、詩人じゃないからなぁ!!! 小難しい言葉を使われてもよくわからん! 単直実直、大いに結構! それが俺の流儀なのさ!!!」

「わかったから隣で叫ぶんじゃないヨ、鬱陶しい。だがまさかおまえが来るとは思いもしなかったヨ。ついに女遊びも覚えたのかネ? 【覇道】の魔術師殿ハ」

「なぁに、ちょいと隣国の王に頼まれてな! 御遣いみたいなもんだ! 他意はない! だが馳走にありつけるとあらば、俺はどこにでも馳せ参じるぞ!!!」

 と、二人の少女と比べるとウサギと熊ほどの差さえ感じるほどの大男は自身の厚い胸板を割らんばかりの音量で叩く。

 ドラミングという胸を叩いて音を鳴らす威嚇をする獣もいるが、それよりもずっと大きく強く音が響いた気がした。少女からは肩掛けが邪魔して見えなかったが、男の腕も脚も筋骨隆々で、以前異国で会った人獣の剣闘士には劣るが、それに次ぐ太さだった。

 と、隣の青髪がそっと耳打ちで教えてくれる。

「あの人は、博士とパルテナさんと同じで、世界で五人の魔術師に選ばれてる凄い人。【覇道】の魔術師、アルカディオ・アズール・エースコック。イニシャルからも、こう呼ばれてる。豪傑なる冒険者、A・A・Aトリプルエース

 冷たく静かで動かぬ民らからしてみれば、実に騒々しい男がやって来たと思ったことだろう。

 しかし彼らの価値観で計るなら、今この国で生きているのは、彼だけだろうなと博士は舌打ちしながらも思ったのだった。

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