「誰よりも強い貴女だけの騎士」

 私は戦うために作られた。

 敵を焼き尽くす炎と、人間を遥かに超える膂力。

 生まれたばかりの私が最初に覚えたのは、生物の殺し方。

 生物の体は細胞の塊で、細胞は酸素がないと死滅してしまうため、その酸素を運ぶ血液を失うことで、人はもちろん、生物は死に絶えることを知った。

 おまえの力は、敵の血をすべて沸騰させる地獄の炎だ。すべての命を狩ることができる、死神の鎌にも負けず劣らない代物なのだヨ。

 私を作った外道魔術師は、私の力をそう語る。

 私は生まれながらにして殺戮兵器。

 生まれてから今日まで殺した命の数を、私は数えたことがない。

 もしも数えていたとしたら、それは私を作った外道魔術師の――認めたくはないが父である人の遺伝なのだろうから、受け継がないでよかったと思う。

 もしもあの外道と同じように、私もまた外道と呼ばれるような存在になっていたら、私はあの人に対して、こんな気持ちになりはしなかっただろうから。

 私は知っている。

 私からしてみれば姉や兄にあたるたくさんのホムンクルスが、戦場で多くの命を殺し尽し、自らの命をも燃やし尽くしたことを、私は知っている。

 彼らの目は、人殺しのそれですらない。

 彼らはもはや、生きてさえいない。

 生物として生まれた自覚もなく、意識もない。

 役目を終えた彼らは苦しむ声すら上げることなく、燃え盛る炎の中に自ら身を投げた。

 当時、私は生きてこそいなかったけれど、私は知っている。

 私になれなかった先輩が、私の代わりに教えてくれたからだ。

 自分達は生物の形をした、殺戮兵器なのだということを。

 その、光も何も宿していない虚ろな瞳で。


  ▼  ▼  ▼  ▼  ▼


 精霊族は多種族の中でも、容姿は人間に近い。

 小人や妖精となると、体の大きさがその名の通り小さいのが特徴的であるが、精霊族となると見分ける方法は意外と少ない。

 精霊族と言っても多種多様で、ドリアードやイフリートなど、名の変わる個体もある。

 博士らが取引相手とする精霊族の長もまたティターニャと呼ばれる種類で、その背に蝶のような薄く輝く羽が生えていることを除けば、特別人間との違いはそうない精霊だ。

 ティターニャは精霊族の中でも希少種で、内在する魔力の質に寄って背中の羽の輝きが異なり、その輝きの具合で力の強弱が決まる。

 故に精霊族の長たるティターニャの羽は、まるで光源をまとっているかのように美しく輝き、虹を背負っているかのようで、オレンジは心奪われた。

「久しいな、【外道】の魔術師」

「相変わらず健在のようだネェ。さっさと死ねばいいものを」

「其方も健在のようで何よりだ。その減らず口も、久々に聞くとなんだか懐かしいものを感じる」

 精霊族の長、ティターニャのジュリエット・フェアリ。

 見た目こそ二〇代前後の人間の女性のように見えるが、精霊族は人間よりもずっと長生きで、彼女もすでに二〇〇年以上生きている。

 人間の女性ならば憧れる者もいるだろう、永遠の美を体現したかのような妖艶な女性は、博士の失礼極まりない口調をも、笑って飛ばす温厚な人だった。

 博士はそれが、面白くないらしい。

 隠すことなく舌を打つ。

「まぁいい。さっさと話を進めるよ。今年は何体死んだ」

「その聞き方はせ【外道】の。此度は、我が弟を差し出さねばならぬが故な」

「……戦争かネ」

「南の地にいるときに、帝国と呼ばれる国が仕掛けて来てな……返り討ちにはしたものの、弟が犠牲となってしまった。哀しいことだ」

「おまえの息子は無事だろうネ。勝手に死なれると困るのだが?」

「無論だ。弟こそ失ったが、我が息子こそ帝国を退けた英雄ぞ。我が魔術の素質と、今は亡き王の武力を併せ持った自慢の息子だ。仮にも其方の娘になぞ、くれてやりたいものではないが、おまえの血を引いていないからか、あの娘自身はとてもいい子だ。息子も、あの娘を気に入っている様子だしな」

「それは重畳。仲睦まじいのはいいことだヨ……実に、ネェ?」

 そういえば、とオレンジは赤髪を探す。

 思えば長の神殿に入ったあたりから、姿が見えなかった。

 金髪の話では、長の息子――今二人の話にも出て来た彼と何かしらの関係があるらしいのだが、その彼のところにいるのだろうか。

 と、オレンジの想像通り、赤髪は長の息子といた。

 ただし長の息子を前に、金髪以上に人見知って、紫髪以上に喋らない赤髪を、オレンジは想定できてなどいないだろう。

 彼女のそんな姿を見られるのは、彼の目の前でしかないのだから。

「少し冷えますね。赤髪殿、寒くはありませんか?」

「だ、大丈夫よ……私は、炎使い、なんだから……」

 灰色の短い髪と琥珀の瞳は父親譲り。

 スラッと長く細い肢体は母親譲りだが、筋肉質なのは博士に肉塊とまで呼ばれた、父親からの遺伝らしい。

 名をエニック・フェアリ。

 十年前に死んだ妖精王、ロメオ・フェアリの実の息子であり、人間達に恐れられる次代の精霊王である。

 精霊は元々人間と体感温度が異なり、熱さ、寒さの基準が違う。

 さらにエニックは炎を操るイフリートと呼ばれる種族の精霊であり、人が極寒と伝える寒さの中でも肌の上に上着を一枚羽織り、マフラーを巻いているだけで平然としているほど。

 故に自分は平気でも彼女は寒いかもしれないと、気を利かせたつもりだった。

 赤髪は照れて、目も合わせない。

 もはや目が見れない。

 顔も合わせられない。

 なんて話掛ければいいのかわからない。

 彼とはすでに何度か話しているのに、どれだけ前もってイメージを重ねたところで、全部無意味。

 彼の顔を見た瞬間、すべて、すべて吹き飛んでしまう。

 ホムンクルス達に接するときのようにして、幻滅されてしまったらどうしよう。

 そう考えると、何も言えなくなってしまって、それで生まれる無言の時間が苦しくて。

「くしゅっ」

 神様は助け舟のつもりなのか、赤髪にくしゃみをさせる。

 だが赤髪は恥ずかしい思いをしただけで、神は盛大に呪われた。

 しかしそうはさせまいとした神が、エニックを動かしたとさえ思うタイミングで、エニックは赤髪に自身のマフラーを巻きつける。

「やはり少し肌寒いですよね。この季節の寒さは、人の身にはこたえますでしょう」

「わ、私はホムンクルスよ! 炎の魔術師よ! これくらい……」

「私は炎の精霊、イフリートです。このマフラーは今、貴女にこそ必要な代物。何より、好意ある女性が隣で寒そうに震えていれば、マフラーくらい貸したいものです。どうか私の我儘を、受け入れてはいただけませんか」

「そ、そう……じゃあ、そうね……もったいないから、借りる、わ」

「ありがとうございます、赤髪殿」

(なんでそんな、真っすぐ私を見れるのよ……私のこと、なんとも思ってないわけ?)

 ズルい。

 赤髪は訴える。

 だが自分の中だけで収束してしまっているため、エニックには届くはずもない。

「さぁ、寒いでしょう。そろそろ散歩も切り上げて帰りましょうか、赤髪殿」

「……え、えぇ」

 差し出された手を取ると、強く握り返してくれる。

 やっぱり、ズルいわ。

 赤髪の訴えは、またも届かない。

「やはり寒かったのですね、赤髪殿。申し訳ありません、私が散歩に行きたいなどと言ってしまったばかりに、こんなにも冷たくなってしまって」

「だ、大丈夫よ! 大丈夫って言ってるでしょ?! 私だって、あんたと散歩したかったもの! 一緒に歩きたかったもの!」

「……そう、ですか。それはよかった」

 耳たぶまで朱色に染まって、赤髪は唇を震わせる。

「バカ」とようやく紡いだもののその声は小さな囁きで、結局彼には届かなかった。

 その後も前もって考えていた言葉は完全に燃え果ててしまって、赤髪自身からは何も言いだせぬままに神殿へと戻ってしまった。

 恥ずかしさから神殿に入ると手を離してしまったが、本当はもっと繋いでいたいという思いでいっぱいで、離したことを直後に後悔し、らしくもなく俯いてしまった。

「戻ったか、我が息子よ。ホムンクルスの娘も」

「母上。息子エニック、ただいま戻りました。お話しは終わったのですか?」

 神殿の入り口で、ジュリエットと遭遇してしまった。

 恋人の母親となって、すで平常運転などしていない赤髪の思考回路はさらに暴走の一途を辿る。

「まだ大事な話はしていないがな。ホムンクルスの娘、先ほどは挨拶もそこそこに失礼した。息災であったか?」

「は、はい。他のホムンクルスも、元気です」

 慣れない丁寧語。

 彼女が丁寧語を使う相手など、ジュリエットくらいしかいないだろう。

「フム、してあの人間の娘はどうしたのだ? 魔術師に訊いても拾ったとだけしか答えなんだ。どこぞの奴隷商から買い取ったわけではないのか」

「人間……オレンジ、ですか。あの子は怪我をして森で倒れていたところ、博士と姉が助け出したと聞いて、おります」

 姉、というのは青髪のことである。

 同じ腹から生まれたわけではないが、生まれた順番から言うと姉に当たるので、丁寧語になるとその呼び方になる。

 ちなみに生まれた順は青、赤、緑、黒、金、銀、紫の順である。

 青髪はまさか自分が姉などと呼ばれているとは、思っていないだろう。

 赤髪も青髪がいなく、ジュリエットを相手にしているときにしか呼ばない。

「そうか……あの魔術師が人間の娘なぞ助けるのだな……まぁ、腹の内は相変わらず黒いようだが、また何を考えているのやら。其方も苦労していることだろう」

「ま、まぁ今に始まったことではないので……」

「そうだな。我もすでに搾り取られておる。せめてこれ以上は止めてもらいたいところであるが、其方が嫁に来てくれれば、少しは変わるのかのぉ」

「よ、嫁?!」

 義理の母から公認されたかのような言葉が出て来て慌てふためく。

 予期していないタイミングで、赤髪は一瞬で燃え広がったかのように赤く染め上げられた。

「母上、赤髪殿が困っております」

「それはすまなんだ。まぁ、決意が固まればいついつでも、報告に来るといい。あの男が許すかどうかは、またわからないがな」

 そう言い残して、歩き去っていく、未来の義母となるかもしれない人の背中には、美しい虹翼が光る。

 赤髪はその背中に腰が抜け、その場でヘタリと座り込んでしまった。

「赤髪殿、大丈夫ですか?」

「え、えぇ……ごめんなさい、ちょっと、驚いただけよ」

「申し訳ありません」

「あなたが謝ることはないわ。ただ、ちょっと、いきなりだったから驚いただけよ……私達、まだ、そんな仲でもないのに、ね」

 赤髪は苦し紛れに笑顔で誤魔化す。

 するとエニックはおもむろに、赤髪を抱き締めた。

 唐突の連続でもはや赤髪の思考回路はついていけず、ついに停止した。

 エニックを抱き締め返すこともできず、両腕は何も掴めぬままに、ただあたふたと上下する。

「ちょ、ちょっと、ここ、玄関……」

「赤髪殿は、私を異性として見てはおりませんか。私では、不足ですか。私は……私はこの手で、貴女を守り続けたいと、心より思っております。私は弱く、貴女様に私の守護など無用かもしれませぬが、ですが、私は――」


「――誰よりも強い貴女だけの騎士となり、貴女を未来永劫、この手で守り抜きたい。赤髪殿、私は、貴女を、

「……やっぱり、ズルいわ、あんた」

 燃え盛るような赤銅色の瞳を射抜く琥珀色の双眸に、赤髪は漏らす。

 その訴えは三度目になって、ようやく、精霊の王子へと届いて、彼に微笑を湛えさせた。

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