外道魔術師と炎の精霊

精霊とホムンクルス

 精霊族と呼ばれる種族がいる。

 人類が到達できない魔術の先、魔法を扱う希少な種族であり、その力を利用しようと古くから人間達に狙われてきた。

 魔法云々を抜きにしても、精霊族の一種とされる小人、妖精族に関しては昆虫のように標本にしたがる悪質なマニアが存在するほどの美しさを持つため、やはり狙われることが多い。

 一時期は妖精族の大量密漁が世界的な問題となったほどで、現在は彼らの密漁は犯罪であるが、未だに彼らを標的とするハンターが後を絶たない。

 精霊族はそんな彼らから逃れるため、一定期間ごとに住む場所を変える移動民族となっていた。

 彼らの施す人避けの結界が作り出す森はまさに迷宮であり、王の宮廷魔術師を名乗る男が乗り込んだところで、生きて帰られる保証はないとされているほど強力だ。

 故に彼らを狙う者は後を絶たないが、同時に彼らを見つけられる者もまたいないというのが現状である。

 魔法を操る彼らに、魔術しか操れない人間がその領域で適うことはない。

 さらに言えば現在彼らのバックには世界でも有数である彼らの魔法に対抗できる魔術師がついており、彼ら精霊族を敵に回すことすなわち、その魔術師を敵に回すことに繋がるのだ。

 世間に【外道】と呼ばれる、最悪の魔術師の怒りを買うことになるのだと考えれば、誰もが恐怖におののくものだが、それでも尚彼らを狙う者達が絶えない理由はといえば無論、一生を遊んで暮らせる大金が手に入るかもしれないという、夢のある話があるからだろう。

「精霊族、ですか?」

 博士から精霊族の村に行くぞという話が出たのは、このとき初めてだった。

 オレンジは彼らと博士にそのようなつながりがあることなど、まったく聞かされていなかったのである。

「今回の商売相手とはなんら関係はないのだが、まぁ定期的に行く挨拶みたいなものさネ。彼らとは同盟関係を結んでいル。情報交換をした後、取引するのサ。向こうはこの期間中に死んだ妖精族の死体。私はその死体から作ったホムンクルスの傭兵を、それぞれネ」

「精霊族の結界は、どんなに凄腕の魔術師でも破れないと聞いたことがありますが、博士はどうやって、彼らと接触を……?」

「私と今の精霊族の長が昔馴染みの知り合いだった。それだけのことさネ」

 と、珍しく外套を羽織った博士はオレンジにも外套を投げ渡す。

 博士のものなのでオレンジが着るとぶかぶかで、袖を通しても裾を引きずる形になるのだが、博士はまるで気にする様子はない。

 結局、オレンジが洗うからだ。

「では行くヨ。おまえはそこの箱を持っていきナ」

「……これ、何が入っているんですか?」

「ただの菓子折だヨ」

 菓子折、と言われてオレンジは理解できなかった。

 今どきの言葉で言えば、ギフト、プレゼントと言った方が伝わりやすいだろう。

 博士はオレンジが理解し切っていないのを見ると「手土産のことだヨ」と言い直した。

 オレンジは中身のことなど知らなかったが、とある王室御用達の高級クッキーで、悩みに悩んで選んだ品物である。

 とはいっても、悩んだのは博士ではない。

 この日の挨拶にはもう一人、ホムンクルスが同行する。

 菓子折を選んだのは、彼女だ。

「おまえも行くんだろう。さっさとしナ」

「えぇ、行くわ。準備ももうとっくにできてるわよ、この外道」

「はしゃぐんじゃないヨ。まったく……珍しくテンションが高いネェ。ま、うまくいっているようでなによりだ、ガ」

 調子に乗るなと拳骨が落ちる。

 痛がる赤髪だが、その目はどこか別の場所を見ていた。

 いつものように見えて、どこか狂っている調子の彼女。

【外道】と呼ばれる博士によって作られたホムンクルスの一体で、最も戦闘能力に特化したホムンクルス。

 黒の聖鎧をまとったその姿は北の聖女を思わせるが、乱暴な言葉遣いと鋭い目つきから、聖女と呼ばれるほどにまで潔癖な存在とは誰も言わない。

 しかし、彼女自身が操る炎と同じ色で燃えるような赤い髪に、細い肢体と整った顔立ちは、世間でも美人と呼ばれて相違ないものであり、性格にこそ難あれど、彼女を一人の女性として口説く男は、少なくはないだろうことは確かであった。

 現にオレンジ自身、彼女が男の人に言い寄られているところを何度か見たことがある。

 まぁ誰一人として、彼女の御めがねに適った者はなく、全員彼女の声を聞くこともなく門前払いを喰らっていたが。

 だが彼女が誰も相手にすらしないのは、単に言い寄って来る男が御めがねに適わないからではないらしい。

「あ! 赤髪、彼によろしくね!」

「ちょっ、あんた何言って……!」

「え、だって彼のところ行くんじゃないの?」

「そりゃ行くけど! 行くけどわざわざ言うことじゃないわ!」

「えぇぇ……だって、弟になるかもしれないじゃん?」

「燃やすわよ、あんた!」

 からかう青髪を、髪だけでなく顔まで真っ赤にして追いかける赤髪。

 耳まで朱色に染める彼女を見るのは、オレンジはこれが初めてである。

 やはりどこか調子が狂っている様子だが、青髪の言うがその原因であることは明白である。

「青髪さんの言う彼って、どなたなんですか?」

 王国の花嫁の一件以来、オレンジと金髪の仲は少しだけ良くなった。

 少しずつであるが会話もするようになって、金髪の飼う羊モンスター、モコモの世話も一緒にしている。

「精霊族の、族長の息子さん、なんだけど……赤髪ちゃんが――」

「あんた! 余計なこと言うと燃やすわよ! ウェルダンにするわよ!」

「ご、ごめんなさい、赤髪ちゃん……」

「あんたも! 余計な詮索しないでいいから!」

「は、はい……」

 結局それ以上の情報は何も引き出せず、オレンジは赤髪のドラゴンに乗って下界へ。

 現在の精霊族の居住区は、世界でも有数の危険地域。

 名だたる五大瀑布の一つ、虹の架け橋。

 世界最大種と呼ばれる人型モンスター、妖精族の守護者スプリガンが生息する、危険なダンジョンである。

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