「ここが君の居場所さ!」

「よし、よし、よぉし! いいんじゃない? これすっごくいいんじゃない? ヤバい、僕って実はコーディネイトの才能があったんじゃない?!」

 一人はしゃぐ青髪の前には、彼女の手によって着替えさせられたオレンジがいた。

 ツーサイドアップの形に結んだ橙色の頭髪。真白をベースとした潔白潔癖の衣装は、オレンジの幼い顔立ちと容姿にしては大人びた印象を持たせる。

 当の本人は少し恥ずかしいようで、若干短い丈の裾を掴んでモジモジと恥じらっていた。

「あ、青髪さん……これ、丈が短すぎるんじゃ……」

「ダイジョブダイジョブ! 可愛いよぉ、オレンジ! すっごく可愛いよ!」

 青髪のはしゃぎ様は、まるで着せ替え人形を与えられた子供のようだった。

 この装いになるまでにも何度も髪型を変えられ、着替えさせられ、ようやくこれに決まったのだが、その間も青髪はとても楽しんでいるように見えた。

 しかしオレンジが驚いたのは、青髪が何度も着せ替えるほどの衣装がこの施設にあるということだった。

 オレンジは博士のことをまだよくは知らないのだが、少なくともここまでの印象だけで語れば、衣装を大量に買うことも、その大量の衣装をしまうための衣装部屋を設けることもしなさそうだった。オレンジが最初に着ていたような手術着だけ着せて、文句を言えば「何を言っているのかネ? 隠したい場所は隠れているだろう。贅沢を言うんじゃないヨ」とすら言いそうな印象がある。

 この一室の壁という壁につけられたクローゼットにパンパンに詰め込まれた古今東西、ありとあらゆる地域の衣装の揃った部屋そのものを、用意することすらしそうになかった。

「あの、この大量の衣装は……」

「ん? あぁ。博士にお小遣いだけもらって、僕らで買ったんだぁ。ただちょぉっと買いすぎて、処分しろって今怒られてるけどね」

 確かに買いすぎと言って過分ではない。服屋でも営むつもりかくらいの量だ。

 あの博士なら確かに「無駄遣いするんじゃないヨ」と怒りそうでもある。だが同時、渡してしまったお小遣いの使い先など興味を持たなそうにも思えたが、許容量を超えたということなのかもしれない。

 確かに部屋のクローゼットだけでなく、机の上にも山のように積み上げられているため、危ないといえば危なかった。あの博士に、この部屋に入る用事があるとは思えないが。

 それよりも今、青髪は気になることを言った。

「僕ら、ということは青髪さんと博士以外にも誰かいらっしゃるのですか?」

「いるよ? 赤髪と緑髪と紫髪と、黒髪と金髪。あと銀髪も。みんな僕と同じ、博士に作られたホムンクルスなのさ」

「ほむん、くる、す……?」

「あれ、知らない? なんて説明すればいいのかな……人造人間? まぁ要は誰かがお腹を痛めて生んだんじゃなくて、モンスターの体液とか薬で作られた人型生物って感じ、かな? わかる?」

 オレンジはなんとなくだが頷いた。とにかく青髪を含めるここの子達は皆、どうやら普通の人間ではないらしいことだけは理解した。

 だが同時、青髪はオレンジのことがわからなくなっていた。それは彼女が、ホムンクルスの存在を知らなかったからだった。

 この世界における魔術師と呼ばれる科学者達にとって、ホムンクルスとは賢者の石。無限光アイン・ソフ・オウルと並ぶ三つの最高到達点である。

 不死をもたらす石に永遠の英知をもたらす光。そして新人類と呼ばれる人造人間。これらを作り出すことが彼ら魔術師にとっての最後の目標であり、そのための研究と研鑽を、彼らは日々重ねている。

 そしてそれらに辿り着くことは魔術師にとって最高の栄誉であり、それは国から、延いては世界から勲章を与えられる名誉あることなのだ。

 これらのことは学校に行けば誰もが習うし、国によっては国家プロジェクトとして国中の魔術師を動員することもある。

 故にホムンクルスの存在を知らない人などいないはずだし、こんなにも完璧なホムンクルスを見て驚かない魔術師などいないのだが、オレンジは反応するどころか知らなかった。青髪はそれが解せなかったのだが。

「あ、そっか。オレンジ記憶がないんだったっけ。ごめんごめん」

「? ……えっと、何が、です?」

「あぁいや、なんでもないなんでもない!」

「……それで、他の皆さんは……」

「あぁ、素材集めに行ってるよ」

「素材?」

「モンスターの体の一部とか、希少な鉱石とか。博士の研究に必要なもので、それを集めるのが僕らのお仕事さ。さっき言ってたお小遣いも、その報酬ってわけ」

 と、青髪は何かに気付いて耳を澄ませる。そして窓の方に視線を移すと、その何かを雲の中から見つけ出した。

「噂をしてたらなんとやら、だね。みんな帰ってきたみたい。みんなに紹介するから、オレンジも来て」

「え、あ……はい」

「よし! そうと決まればレッツゴー! ゴーゴー!」

 オレンジの手を引いて、青髪は走る。

 階段を一段飛ばしで駆け下りて向かったのは、その施設の最下層。

 一面に藁が敷かれた大部屋には、頭を隠して眠る巨大生物が一頭と、それよりも小さめの翼竜が一頭肉を貪っていた。

 そしてその大部屋を抜けると吹き抜けになっていて、雲海の雲が度々入ってきて異常に涼しく、むしろ寒いくらいに冷えていた。

「僕らはさっきの大部屋でそれぞれ飛行能力を持ったモンスターを飼っててね、彼らに乗って地上に降りるんだ。ここはその出入り口」

「こんな雲海の中で、どうやって、ここに戻ってくるのですか?」

「特別なコンパスがあってね。どこにいてもここの場所を教えてくれるから、それを辿ってくれば戻れるよ。あとでオレンジの分もあげないとね。っと、帰ってきた!」

 青髪がそう言った直後、それぞれ人一人が乗れる程度の大きさのモンスターが、勇ましい咆吼を挙げながら帰ってきた。

 洞窟のようになっているので音が反響し、思わずオレンジは耳を塞ぐが、青髪はもう慣れている様子で「おかえりぃ」と笑顔で手を振っていた。

「あんたが出迎えなんて珍しいじゃない。ってかその子誰?」

「新人のオレンジちゃんだよ? ホムンクルスじゃないけど、この度博士の実験の被験体に選ばれたんだ」

「ふぅん……」

 六人を率いて帰ってきたのは、漆黒の装いに身を包んだ赤い髪の女性だった。

 今回手に入れた素材を入れた袋を担ぎ、颯爽と歩くその姿は凜としていて、美しさすら兼ね備えている。

 長身かつヒールを履いている彼女は小さなオレンジの瞳を覗き込み、「五点」と何に関してかはわからないが、しかし酷評に違いない点数を突きつけた。

 そんな赤髪に対して「五点とは辛辣だな」と言ったのは緑髪だった。

 彼女の一番の特徴は、基本緑で統一されたその衣装よりも、頭頂部の猫耳と臀部から生えている尻尾だろう。その動き用は、とても作り物とは思えない。

 驚いているオレンジに、青髪はそっと「あの子は獣人の血を混ぜ込んだホムンクルスなんだ」と耳打ちして教えたのだが、そもそもオレンジは獣人すら知らず「獣の特徴を持った人に近い種族のことだよ」と改めて教えた。

「おまえの採点基準は未だによくわからん」

「強いか弱いかなんて見た感じで大体わかるでしょ? 素材集めが少しは楽になるかもと思ったけれど、とんだ期待外れだったわ」

「そんな言い方をしてやるな。誰もがおまえのように戦うことに特化しているわけではない」

「そんなの承知の上ですぅ。だけどモンスターと戦うのは私ばっかり。もう飽き飽きなのよ」

「拙者らでは不足と申すか、赤髪」

 話に入ってきたのは黒髪。

 左右にそれぞれ三本ずつの長さの異なる刀を帯びた唯一の和装はまさしく侍と言った様相で、鋭い眼光はまるで猛禽類のそれ。オレンジが思わず一歩引くと、黒髪はそれに気付いて。

「あぁ、すまん……その、怯えさせるつもりはなかったのだ。よく怖い目をしているとは言われるが、別段其方を睨んだわけではござらんので、どうか許して欲しい……」

 とても腰が低かった。

 おそらくいつも子供らに怖がられて、傷付いているのだろう。そんな彼女の気苦労が、垣間見えた。

「私達がフォローしているではないか。不服と言うのか」

「べっつにぃ。たまにフォローにすらなってないときがあっても気にしてないわよ」

 黒髪が進めようとしていた話を、赤髪と緑髪は黒髪抜きで続ける。黒髪はオレンジに平謝りを続けるばかりで、もはや事態が散らかり始めていた。

 ダメだ、収拾をつけないとと思ったのだろう青髪は、改めてオレンジに順に紹介していく。

「見ての通り、この子が赤髪! 戦闘能力じゃあこの中で最強だよ!」


「緑髪! 獣人との混血でモンスターと意思疎通できるよ!」


「黒髪! 目が怖いけどとっても優しい剣士だよ。あ、言っておくけど肌に触っちゃダメだからね」

「何故ですか?」

「それはあまり、僕の口からはちょっと……とにかくダメ!」

「……わかりました」

「で、あそこにいるフード被って槍持ってる子が紫髪ちゃん! 喋らないけど、根は取っても優しいよ!」

 ここからは六体のモンスターを大部屋に戻しに行っていた三人の紹介。

 紫髪はフードの陰から人形のような瞳でオレンジを見つめると、どうもと言わんとして手を振る。そして赤髪が持ってきた素材入りの袋を槍に括り付け、その細い腕からは信じられない怪力を発揮して颯爽と持ち去っていった。

 それと入れ替わりに、わざわざ戻ってきたのは軍服に身を包んだ銀髪だった。

 両踵を揃えて背筋を伸ばし、ピンと指先を伸ばして敬礼する。

「新人のオレンジ殿。私は銀髪少佐であります。いろいろとわからないこともありましょうが、何卒よろしくお願い申し上げます」

「は、はいこちらこそ……」

「では私は、大佐に任務の報告がありますので、これにて失礼いたします」

 と、銀髪はキビキビとした動きで行ってしまった。

 オレンジは結局置いてけぼりを喰らったまま、何が何だか理解できぬままに彼女との邂逅を終えてしまったのだった。

「銀髪ちゃんはちょっと空気が読めないところあるけど、とっても頼りになる子だから。慣れるまでは大変かもだけど」

「……努力します」

「んで、あの子が金髪ちゃん」

 と青髪が差したその人は、全身を鎧で覆っていてその名の由来である金髪すら見せてくれない。そして金髪は自分に視線が向いていると気付くと、持っていた巨大な盾の後に隠れてしまった。

「ちょっと恥ずかしがりだけど、この子も悪い子じゃないから。仲良くしてあげて」

 確実にどころではない。かなりの恥ずかしがり屋と見られるのだが、そこはちょっとということにしておいた方がいいらしい。

 とても重たそうな盾の後に隠れながら、金髪はそのまま行ってしまった。

 鎧を着ているというのにとても速くて、オレンジはまたろくに挨拶もできなかった。

「そして改めまして、僕が青髪! 博士の記念すべき最初のホムンクルスにして、この七人のリーダーだよ!」

「はぁ? あんたがリーダー? ほとんど素材集めもしないくせによく言うわよ」

「最年長であることは認めるが、リーダーというのはないな」

「拙者もあまりそのようには……」

「ちょっとぉ! カッコつけさせてよ!」

 これでこの施設のホムンクルス七人。全員を紹介してもらえたわけだが、正直に言ってくせ者揃いである。

 記憶喪失のオレンジであるが、しかしおそらく彼女達以上にキャラの濃い人達に会ったことはないだろうとすら思えた。

 それともホムンクルスとは、そういう生き物なのだろうかとすら、ホムンクルスの存在を明確に理解していないオレンジは思いすらした。

 元気な青髪。

 攻撃的な赤髪。

 意思の強い緑髪。

 腰の低い黒髪。

 無口な紫髪。

 空気の読めない銀髪。

 恥ずかしがり屋の金髪。

 誰も彼も個性の塊で、オレンジが自分が無個性なのではないかと疑うほどに、色の濃い少女達だった。

「ま、まぁとりあえず……僕らは人造人間だけど、今日から僕らは君の友達で、君は僕らの友達! だから歓迎するよ! オレンジ、今日からここが、君の居場所さ!」

 そう言ってオレンジを迎える青髪。

 だが彼女以外の赤、緑、黒の髪を持った少女達が、なにやら複雑そうな表情を浮かべているのを、オレンジは見逃さなかった。

 この場にいない紫と銀、金の三人はわからないが、少なくともこの三人は、オレンジのことを歓迎しているようには、見えなかった。

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