第7話/ピンポンダッシュ


     7.


 保険医が戻ってきたので、僕は入れ替わるようにして保健室を出た。

 きっと、予想通りの病気ならば――僕は既に感染しているだろう。感染の疑いがある人物が、外をうろうろするのはリスクが高いが、潜伏期間は一週間近くある。活性化している状態でも、少しは時間がある。潜伏期間なら、直接接触するなどを避ければ、他者に伝染るリスクは格段に減らせるはずだ。

 きっと、保険医も感染しているはずだ。

 感染しているからこそ、患者に対して接することができる。

 だからこそ、吐前ちゃんのことは任せられる。

 僕は廊下を走って、吐前ちゃんから聞いた噂のトイレにまでやってきた。花子さんが出現するという噂のあるトイレにやってきた。

 女子トイレに這入るのは抵抗がないわけではないが、ここに勤め始めて一週間は経つ。幾度も女子トイレの清掃もしてきた。今更抵抗はない。

 三階にある女子トイレ。そのみっつ目。

 その前に立って、ノックをした。

 三度のノックをして、僕は言う。

「はーなこさん。遊びーましょ」

 …………。

 まさか、こんな台詞を実際に吐くことになろうとは。

 まったく反応がない。やはり花子さんは関係ないというものなのだろうか。

 僕は踵を返して、トイレを去ろうとした。

 そのときだった。


 がちゃり、と。

 扉が開いた。

「…………」

 ついさっき、ノックした扉が。

 ゆらりと、ゆっくりと、開いた。


「おやおやー、遊ばないんですかー?」


 突如として、背後から声をかけられて、思わず飛び上がる。

「あははー! すごくびっくりしていますね! この私を呼び出しておいて。あろうことか人間風情がこの私を遊びに誘っておいて、帰ろうとするからそうなるんです。それはいわゆるピンポンダッシュというやつですね」

「き、きみは?」

 白い服と赤いスカート。

 べたべたな、小学生の女の子像をしている少女が、僕の周りを回りながら言う。

「おやおやー、おわかりなりませんか? 私のこともおわかりになられませんか。まあ、そういう人間もいていいと思いますよ。私も自惚れていました。トイレの花子さんを知らないような人がいるなんて予想していませんでした。そんなことがあり得るなんて私は微塵も想像していませんでした。私を知らないなんてマジ辛し。それでは自己紹介して差し上げましょうか」

 この私が、たかが人間程度にわざわざ自己紹介して差し上げましょう。


「この私がトイレの花子さんです」


 よろしくお願いしますね。と、花子さん。

 めっちゃ喋るし、めっちゃうざい喋り方だった。




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