第5話/吐前弓削
5.
由々さんに任せっきりというわけにもいかないので僕は僕で、僕なりのアプローチをしてみることにした。聞いた特徴を意識して探したところ、その子はすぐに見つかった。
手洗い場で、ひとり、顔を洗っているのを発見した。
手拭いを持っていなかったようだったので、ハンカチを差し出した。
鳩が豆鉄砲を喰らったような――なんていう表現はいささか陳腐ではあるが、まさにそんな表情をして、
「あ、……ありがとうございます」
と、小さな声で。
しかし、はっきりとした声で言った。
名札を見ると、『四年二組 吐前弓削』と書かれている。
「大丈夫? どうしたの、辛そうだけど」
しゃがみ込んで目線を合わせる。
「い、いえ。普段からこんな感じというだけです。私は暗い女の子なんです……」
いささか自虐的な子だ。
ん……? と。視線を合わせて、目を合わせてみて気づいた。
目元が見えづらいから気づかなかったが――この子の目は、随分と充血している。
漏れている呼吸も、熱を帯びているのがわかる。
「ええっと、吐前ちゃん? 熱あるんじゃないの? おでこ貸して」
吐前ちゃんの返事を待たずに、僕は少女の額に手を当てた。
間違いない、熱がある。
それも高熱だ。手に触れただけでわかるような、高熱だ。
「保健室に行こう」
すぐに手を取る。
「いえ、結構です。私は病院が嫌いなんです。保健室も嫌いなんです。お医者さんにお世話になるくらいなら死んでやります」
僕の腕を振り払った。そのとき、ふと気づいた。
顔を洗うために腕まくりをしていた。その腕には丘疹のようなものがあった。
「吐前ちゃん――」
少女の両肩を両手で掴む。
「きみは、一体何を見たの?」
「あ、ああああ――あああ――」
僕の両手を振り払って、廊下を走り始めたが、すぐに転んだ。
「吐前ちゃん!」
すぐに駆け寄って、抱き起す。
軽くパニック状態あるのがわかる。
吐前ちゃんを抱えて保健室まで移動する。腕の中で暴れている。
「失礼します!」
保険医に事情を説明する。
どうやら高熱があるようで、腕に丘疹があることを告げた。
保険医はすぐに病院に連れていくと言って、保健室を離れた。
「やっ! 嫌だ! 病院行きたくない!」
腕の中で大暴れする吐前ちゃん。
「わっ、わかったわかった。病院には行かないから、とりあえず休んで熱を下げよう!」
保健室のベッドに寝かせる。
当然嘘である。
吐前ちゃんには、保健室の先生は風邪薬と冷えピタを買いに行ったと言った。実際は救急車を呼びに職員室に行ってもらった。念のために、保健室には近寄らないように。
もしも。
もしも、これが流行しているという感染症で、僕の見立てが正しければこの学校は壊滅することになる。
ベッドの上に横になると、落ち着いたみたいで、パイプ椅子に座っている僕に、穏やかな口調で話しかけてきた。
「――清掃員さん。私はたぶん、死ぬんです」
「死ぬって……大袈裟じゃない?」
そりゃあ、どんな病気にもそのリスクはあるけど、大袈裟だ。
「違うんです。私は
「伝染ってしまった?」
花子菌。
「みんなはそう呼んでいます。だから私は会わないといけないんです」
花子さんに会って、治してもらわないと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます