第3話/見守り隊


     3.


 そんなわけで。

 僕こと川原亡令と、市瀬由々さんのふたりは県立花宴学園初等部に潜入することに成功した。潜入とはいえ、その仕事にはその仕事で相応のお給料が発生する。

「お掃除のお兄さん、さようならー!」

 校門付近で掃き掃除をしていたら、授業を終えた生徒が声高に挨拶をして駆け抜けていった。

「はい、さようならー」

 手を振る。数人の生徒は駆け抜けている。

 あんなふうに天真爛漫てんしんらんまんに挨拶をしてくれる子は、ごくごくわずかである。他人へ対しての警戒心を高めるように教育されている昨今の子供たちは、やはり大人に対して警戒して話しかけるものだ。

 なんだか寂しいものだ、と。

 考えて、自分が小学生だった頃はどうだっただろうかと、思い返してみたが、とてもじゃないがあんなふうに明るい小学生ではなかったことを思い出した。そう考えると社会が変わっても、子供は変わらないのかもしれない。

「…………っと」

 校門付近の落ち葉を袋に詰めた。これを、学校の外にあるごみ捨て場に持っていくために持ち上げる。お昼頃に降った雨の影響で、水分を含んでいて、どっしりとごみ袋が重い。

 校門を出て、少し行ったところにあるごみ捨て場に持って行った。

 僕の傍らを、ランドセルを背負った小学生たちが駆け抜けていく。ごみ捨て場のすぐ近くにある横断歩道を渡っていく。横断歩道に帽子を被って明るい色のジャケットを羽織っていて、『見守り隊』と書いたステッカーが胸元に貼ってある少しぽっちゃりとしたおじさんが立っていて、

「走ると危ないぞー」

 と、声をかけている。

 シルバー世代を始めとするボランティア活動、いわゆる『見守り隊』。

 登下校中に、横断歩道に立ち旗を振って子供たちの登下校を見守るボランティアである。その人たちの声に応じる子供もいれば、俯いたまま無視をする子供もいるし、友達と話していて気づいていないであろう子供もいる。

 きっと、僕が小学生の頃も、あんな人たちがいたはずだ。

 でも、話をした記憶が、ない。

 きっと、あの小学生と同じように――無視していたり、友達と話していたりして気づいていなかったのだろう。

「…………まあ、そういうもんだよな」

 時間的に校舎の床清掃の時間だ。

 校舎に戻ろうとしたときだった。

「お兄さん、お兄さん――」

 と、その『見守り隊』のおじさんに声をかけられた。

「はい?」

「ああ、やっぱり。きみ、川原くんだよね? 川原亡令くん」

 どうして僕の名前を?

 そんな疑問が浮かぶ。ひょっとして、学校内に清掃員として入ったばかりの僕が安全な人間かどうか。保護者たちの間では、そういう包囲網が敷かれて認知されているのだろうか。

「ああ、ごめんね。ほら、憶えていないと思うけど、十年くらい前に玉鬘たまかずら小学校の辺りで『見守り隊』をしていたんだよ」

 ステッカーに書いてある名前を見る。

『おだや』と平仮名で書かれている。

「……ああ! 小田屋さん」

 思い出した。いつも僕に声をかけてくれていた人だ。温厚そうな表情に見覚えがある。きっとみんなに声をかけていたのだろうけど、僕はよく憶えている。この人の、この穏やかな表情を。

「憶えてくれていたか、いやあ、随分と大きくなったね」

 両肩に手を添えて、とんとんと叩く。

「よく僕のことを憶えていましたね。あの頃と顔つきとか変わってるでしょう」

「面影は残ってるよ。ひと目見てわかったよ。こんなに立派になって。今は何してるんだい? 清掃員の仕事かい?」

「ええまあ」

 本当のことを言う義理もない。曖昧に頷く。

「そうかそうか」

 と、頷く小田屋さん。

「そういえば、風邪か何かが流行してるって本当なんですか?」

「らしいね。そういう話は聞いたよ。四年生のひとクラスが学級閉鎖してるんだってね」

「ああ、そうなんですね。よく知っていますね」

「話してくれる生徒さんも多いんだよ。それに、こう毎日顔を見ていれば見かけない子も出てくるだろう? じゃあ、何かあったのかなとも思うだろ」

 よく人を見ている人だ。

 と、話している僕らの傍らを駆け抜けていく小学生。

「おかえりなさい!」

 小田屋さんは声をかける。

 しかし、小学生は無言のまま駆け抜けていく。

「愛想ないですね」

「そりゃ仕方ないよ。知らないおじさんに声をかけられても返事をしちゃいけないって教わっているのだから当然だよ。私は知っているけど、あの子たちとっては知らないおじさんだからね。それは今も昔も――それこそ、きみと同じだよ。川原くん」

「僕もですか」

「きみなんてずっと俯いて、どれだけ声をかけても目さえ合わさなかったじゃないか」

「そんな奴のこと、小田原さんはよく憶えていましたね」

「私からすれば、川原くんが私のことを憶えていたことのほうが驚きだよ。一度もこちらを見たことなかったのに。でも、そんなきみのことだから憶えていたんだよ。印象的だったからね」


 

 


「…………」

 本当によく見ている人だ。

 この人は。

 思わず苦笑いを浮かべてしまった。

「あ、そういえば」

 と。

 何かを思い出す小田屋さん。

「そんな感じの子をひとり見かけたな」

「誰ですか?」

「四年生の女の子だよ。ええっと、その子の名前は」

 吐前はんざき弓削ゆげちゃんだったかな。



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