第8話/後日談


     8.


 こうして『くだん』に関する仕事は終わった。あのあと、二体目の確認と三体目の確認も行った――こっちは、ほとんど資料を調査する程度の仕事で済んだ。ほぼ一週間かけて動き回った『くだん』に関する仕事が終わり、ひと段落したところで、由々さんから二日の休日をもらえることになった。僕は事務所を出て、電車で自宅に帰る。

 連日の勤務による疲れが顕著に出ていたのか、電車に乗ってすぐに眠ってしまった。

 気づけば周りには誰もいなかった。

 思わず時間を確認する――腕時計が指し示す時間は、電車に乗り込んでから十五分しか経過していない時刻だった。少し事務所を出るのは遅かったので、帰宅のピークは過ぎていたが、それでも、午後八時から九時の間で、これほどまでに電車ががらがらになることなんてあるものだろうか。

 そのとき、ふと気づく。

 僕の正面に、ひとりだけが座っていた。

「…………」

 それはあの木乃伊みたいな老婆だった。

「あなたは」

 僕は恐る恐る訊ねる。


「何ですか?」


 誰ではなく、『何』だ。

「     」

 老婆は掠れるような声で何かを言う。

 それは聞こえてきたが、何を言っているのかわからない。

 でも、そのおかげでわかったことがある。

「あなたは――牛女ですね」

 仕事を終えてからの書類作成時に『くだん』という怪異について調べた。そのときにあった情報だ。

『くだん』と共に語られる牛面で死骸をむさぼる『くだん』の一種。

 あの村にいた『くだん』は、一体だけではなかった。

『くだん』を神様とする土着信仰という凶事から発生し、予言をするために生まれてきた――いや、

 でも、人間から生まれてくる。

 それはほぼ人間だ。言語を交わすことはできなくとも、伝える方法はある。

「あなたは土着信仰という凶事によって、洗脳された村人たちを長期間かけて洗脳状態から救い、『くだん』という凶事を淘汰した」

 だから、だから――村はになっていたのだろう。採取され続けていた村人は、ようやく正気に戻ったのだろう。

 人語を話すことができない『くだん』――牛女。予言を告げることができない牛女は、生涯をかけて――『くだん』としての天寿を全うした。

 だから老婆なのだろう。

 気がつくと、そこにはもう何もいなかった。

『くだん』として、やるべきことを全うし、命絶えたのだろう――と、思ったところでふと疑問が思い浮かんだ。もし、『くだん』としての予言を終えているのならば、どうして死んでいなかったのだろうか? と。

 老婆になり、木乃伊になってまで――僕の前に現れるほどに生き続けていた牛女。ひょっとしたら、『何か』をではないだろうか。

 そして、今――僕の前から、姿を消したのは。

 既に『何か』の凶報を告げたから、消滅したのではないだろうか。 



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