第4話/荒廃した村


     4.


 それから僕と由々さんは、およそ三時間くらいかけて目的地にまでやってきた。自動車の運転はもっぱら由々さんが行った。歪んで曲がった道を突き進んだ。申し訳程度にコンクリートで整えられた道を、がたがたと車体を揺らせながら目的の村――総角村にまでやってきた。『元』総角村の住人がいる――村に、やってきた。

「随分と荒れた村ですね」

 畑はあるが、作物さくもつはなく、水田すいでんと思わしき場所には雑草が生い茂っている。土はすっかり乾ききっているのが見て取れる。村にある道を由々さんの自動車は突き進む。もはや、コンクリートの道ですらなくなっている。

「村というより集落ね」

「この場所に人は住んでいるんですか?」

「わたしが聞いた話によれば、ね。でもどこまで正しいかもわからない」

「……それは、あの人――紺野こんのさんの情報が信じられないという意味ですか?」

 事務所にやってきた人――紺野こんの冬至とうじの情報に信憑性がないという意味だろうか。

「いいえ、彼の胡散臭さ失礼さは折り紙つきだけど、情報の信憑性も確かさも折り紙つきよ。これらの話は、どうにも時系列が飛び飛びになっているのよ。だってそうじゃない――ダム建設の影響で消えた村の住人が、どうしてこんな山奥にいるのかしら?」

 ここにくるまでの間に、ダムの場所も見てきた。既に沈んでしまったという総角村の場所を。それにしては――距離が離れ過ぎている。

「この場所に移ったのはここ二、三十年の間だと見てもいいはず。そして、人の出入りがここ数ヶ月の間に、近隣の村で目撃されているのだから――少なくとも最近まで人は住んでいた」

 由々さんは、眼鏡の向こうにある目を、細める。

「ただ、この村に人の姿が見当たらない理由は――」

 あまり考えたくないわね――と、言った。

 由々さんは自動車を停車させた。何世代も昔の限界集落とも思える貧しいこの村――そんな中でひと際大きな建物があった。屋敷と言ってしまっても差し支えないだろう。ほかの家とは比べものにならないほどの立派な建物だ。自動車から降りた僕たちは、屋敷の門扉もんぴを開けて敷地内に踏み入る。既にぼろぼろになっている玄関。その扉――鍵どころか扉として壊れてしまっているようで、押しても引いても開く有様だ。

「…………っ」

 扉を開けると、中から異臭が溢れてきた。鼻孔の奥をつんざくような、強烈な異臭。

 いや、これは。

「こっちよ」

 由々さんは口周りを手で覆いながら屋敷に這入る。屋敷といっても日本建造物だ。基本的に土足禁止の習慣だろうけど、床は土や埃にまみれている。それだけではなく、床も腐りつつある有様だ。土足禁止とか言っていられない――由々さんは気にする素振りも見せずに、突き進んでいく。

 異様に真っ暗だ。時間はまだ昼間だというのに、屋敷の中はひたすら暗闇に包まれている。

「――っと、どうしました、由々さん」

 突然歩みを止めた由々さん。先頭を歩く由々さんの足下には『何か』があった。

ね」

 簡潔にひと言そう告げた。やはりそうか、と。そう思うところが多かった。異臭――土や埃の臭いではなく、腐った臭いもした。それはもう、腐乱臭だ。

「これだけじゃないでしょうね、これ一体でここまでの臭いになるとは思えない」

 一体この屋敷で何があったというのだろうか。

「どう? 川原くん。少しずつ、この屋敷で何があったのか見えてきたでしょう?」

 いや、全然。



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