ある娘

南区葵

第1話

私が部屋で本を読んでいると、玄関が、インターホンが押さるれこともなく乱暴に開く音がした。次いで怒声。わたしは耳をふさいだ。嫌だ。もう聞きたくない。私の生活に干渉しないでよ・・・そう願った彼女の祈りは今日も届かず、怒声の主である男は階段を一段一段踏みつぶすようにゆっくりと登ってきた。ああ今日もかぁ・・・彼女は疲れ切ったこけた頬の顔を上げ、男が入ってくるであろう自室の扉に目を向けた。覚悟はできている。いつものように、ただ抵抗せずじっとしていればいいだけ。抵抗しても長引くだけで余計つらいのは私が一番よく知っている。感情を殺せ。何も考えるな。これは試練なのだ。私はこの先にきっと光をつかむのだから、今だけは頑張ろう・・・


終わった。今日も、いや、今日は一段ときつかった。なぜ自分だけこんな目に合わないといけないのだろうか。考えないようにしていても、つい自分の不遇な環境をほかの人と比べてしまい涙が出てくる。いつまでこんな生活を続けるつもりだ。お前もつらいだろう。そうあいつは言っていた。なんてことを。私がこんなにもつらいのはお前がここに来るからで、お前さえいなければ私は、私は・・・。



彼女は今日も家から出ない。理由はたしか「めんどくさい」だ。全く、聞いてあきれる。確かに元からめんどくさがりの気はある子で、それは恐らく妻からの遺伝だろうが、いや、もしかすると自分かも・・・まぁ、そんなことはどうでもいい。現状をとにかく好転させることが第一だ。しかし、今日は驚いた。珍しく制服を着て出かけたかと思えば、妻と私が仕事に出かけるまで庭に隠れて待機していたという。どこまであの子は家から出たくないのか。会社で学校から娘がまた学校に来ていないという知らせを受けて、幸い(?)そこまで家から遠くない会社から昼休みを使ってわざわざ怒鳴りに行ったがそれも徒労に終わった、いやむしろ逆効果だったみたいだ。娘はなおいっそう家から出ることを拒み、今日は泣かせてしまった。こうじゃダメだとわかっているのだが、泣き顔を見るとつい可哀そうに感じてしまう自分がいる。はぁ・・・明日はちゃんと学校に行ってくれればいいのだが・・・。

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ある娘 南区葵 @aoi3739

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