vol.7 ~マンズ・ハーベストと石川セリ~

 そもそも、お店でバイトし始めたころは、「ワイン=白」という頭ごなしの感覚があった。  

 今でこそ、赤ワインが白ワインを凌駕する時代になっているけれど、当時は「ワイン飲むんだったら白のほうがいいわ」という女性が圧倒的であった。

 特にワインを飲み慣れていない日本人は、ワインを日本酒感覚で飲むのだとママさんが言っていた。要するに、「冷やして飲む」冷酒感覚だ。また、白ワインはなんといっても見栄えがする。氷と水を入れた銀色のワインクーラーに入ってテーブルに登場する。飲むときは、ガシャガシャという氷の音をさせて、いかにも「ワイン飲んでます。君の瞳に乾杯☆」みたいな感じがする。

 その点、赤はさびしい。コルク栓を抜かれたボトルがテーブルにぽつんと上がって立っているだけだ。


 しかし、当時、いろいろなワインを飲んでいくうちに好きになって追求してみたくなったのは、赤だった。

 赤は、グラスに注がれた後にいろいろな要素で楽しめる。

 まずは、「色」だ。白と違って赤くてきれいだ(ってそのまま)。

 そして「香り」。鋭い、まろやか、深い、フルーティー・・・いろんな形容詞が使える。

 そして「味や質感」。渋い、甘い、辛い、軽い、重い、ふわっとする・・・等々、またまたいろんな言葉が使える。ただ単に、僕が、白を形容する言葉をあまり持ち合わせていないだけなのかもしれないけど。


 前回の試飲会のときに話題になったのが、「マンズ・ハーベスト」だった。マンズワインといえば、多くの人が知っている日本の有名ブランドだ。もう、忘れてしまったけど、当時、何かニュースになるようなトラブルがあったように覚えている。

 「だけど、ハーベストは安いのにすごくおいしいワインだと思うし、大衆ワインの傑作だよ」とマスターは僕に力説した。

 口当たりがいい割に、渋みと飲みごたえがしっかりしていて値段を忘れさせる。お店では出していなかったけれど、しばらく、僕はマンズ・ハーベストを自分で買って飲み続けた。


 働き始めて半年も経たないうちに、僕は、勤務時間が大幅に伸びて23:30くらいになって(というか僕がそうしていた)、ほぼ毎日、終電で帰るようになった。また、週末はその終電もあきらめてママさんやマスター、そして常連さんたちと夜中まで飲んで、マスターのアパートに泊めてもらうこともしばしばだった。

 そんな営業後は、ジャズ以外の曲を店内で流していた。僕は、そのころのヒットチャートを賑わかせていた洋楽や邦楽(J-POPという用語は当時まだ存在していない)をエアチェックしたカセットテープの曲を店内で流した。好きな曲を好きな場所で、好きなお酒を飲みながら聴くというのは、本当に幸せで、贅沢なことだと思う。


 ママさんが、営業時間外に好んでかけていたのが、高橋真梨子と石川セリのアルバムだった。最初は、「おばさんくさいな~」と思っていたけど、何度も聴いているうちに、特に、石川セリには、はまった。20歳の若造の僕が見事にはまった。あの独特の声とかわいくて切ないメロディーと、聴いているとなんだか隣で話しかけられているような錯覚が、赤ワインをグラスにもう一杯、もう一杯と注がせたのだった。




石川セリベストセレクション


https://www.youtube.com/watch?v=KG1CE0bJStM&list=PLsAO_kcBPo48jnFFwrHhsbBbwVhNdnMBI

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