談話2:ヒスイとルリと白い小石

◆ヒスイのイタズラ


 ある日の昼。リリアナは、自室で新しい服の型紙を起こしていた。

 リリアナは現在十三歳。

 成人こそまだだが、甥アーベンをはじめ、隣家の幼い親戚たちの面倒をよく見るしっかり者だ。

 ただ、毎日ではないが頻繁なそれのせいで、寝不足な日もある。


「ねむい……」


 睡魔に抗えず、リリアナは椅子に座ったままうつらうつらと舟を漕ぐ。

 間もなく、突っ伏した栗毛頭と手の隙間から、規則的で静かな寝息が聞こえてきた。


 そこへ、翡翠色の頭の少年が、そっと足音を忍ばせて歩み寄る。


「リリアナさん、これはイタズラです。石の意味は知っていますけど、イタズラですから」


 ヒスイは、眠るリリアナに念を押す。悪戯っぽく笑ってリリアナの手に小石を握りこませ、その場をあとにした。


 しばらくして。

 目を覚ましたリリアナは、手の中のそれを見てひどく動揺した。

 しかし相手がわからず、仕掛け人の意向もあって事態が進展することはないのだった。





◆ルリとヒスイは、竜に


「ということがあったのだ、紅玉こうぎょくさま」

「初めて迷い込みましたけど、生き物はほとんどいませんでした」

「だが、星空は美しかったな」

「はい! ねえさまの目みたいに、光の粒がキラキラしていました!」


 興奮気味なヒスイの言葉に、ルリはわずかに頬を緩ませた。

 褒められたことよりも、アーベンという幼子とのやり取りを思い出しているのだろうと、竜は小さく鼻息を吐く。


「珍しい体験をしたな、ふたりとも。私も若いころに迷い込んだことがある。あの星空は別格だ」


 ここの山頂から望める夜空も美しいが、「夜の世界」のそれとは比べるべくもない。

 しかし。


「お前たちも感じたろうが、あれは『死の世界』と呼ばれることもある。あそこで力尽きた命が空に昇り、輝くからこそ美しいと聞いたこともあるくらいだ。滅多なことでは閉じ込められることはないが、必ず出られるとも限らない。運がよかったな」


 竜は何の気なしに言ったのだが、ルリとヒスイは神妙な顔をして黙ってしまった。

 脅かしすぎただろうかと、竜は続けて口を開く。


「なに、こうして無事に帰ってきたのだ。気にすることはないだろう。あれはそうそう迷い込むところではないし、恐ろしいだけの世界でもない。お前たち、光る白い石を見つけただろう?」


 ふたりは、こくりと頷いた。


「それは妖精の化身だ」

「妖精、ですか?」

「そうだ。妖精というものは動くものに限らぬ。そしてそれがあれば、あの世界など特に恐れる必要はない。何故だかわかるか?」

「……幸運を、もたらすのか?」


 顎に手をやり首を傾げながら、ルリが答える。

 竜は頷いた。


「あれは、善なるものがかたちを成したものだ。見つければ必ずこちらに帰ることができる。ときたまこちらでも見つかるようだ。なにやら、人間の若い娘たちのあいだでもてはやされているようだな」


 娘からそんなことを聞いたなと思い出しながら、竜はふっと息を吐いた。

 加減と方向を間違えたようで、不意をつかれたふたりはころころと転がってしまったが。


「あら、受け身をとりましょうね」


 薬草採集から戻ってきた娘が、ふたりを器用に受け止める。


「うむ、まだ精進が必要だな」

「ボクも、がんばります……」


 ルリは片膝を立てて逞しく立ち上がり、ヒスイはまだ目を回しながら娘に助け起こされた。


「お母さんたち、何かおもしろい話をしていたんですか?」

「ああ。『夜の世界』と、そこにある光る白い石の話をな。娘。お前も昔、村の近くで白い石を拾ったのだったな」

「ああ、その話でしたか」


 娘は笑い、ぱちりと手を合わせた。


「あの石は『夜の世界』から時々こちらに零れるものだ。お前も願掛けをしたことがあっただろう」

「はい、懐かしいですね。何度もきれいな星空の見える場所に迷い込んでは、拾って持ち帰ったものです」

「拾……迷い込んだ?」


 ルリが困惑した声を出した。ヒスイも怪訝な顔をしている。


「ええ。よく、静かで美しい夜空の下に迷い込む夢を見ていました。でも、見つけた白い小石はしっかり手の中にありましてね。どうせだと思って、『おまじない』の道具を探す定番の場所に蒔いたりしたんですよ。昔から白い小石は人気でしたから。思えば不思議な体験でしたね」


 朗らかに笑う娘を前に、一頭とふたりは閉口したのだった。

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