滑走路

群青更紗

Introduction

 家を出てから15分、車は滑走路に入る。

 否、これは喩え話だ。滑走路は走らない。むろん、飛行機を操縦している訳でもない。

 それでも実咲は、いつも思う。これは滑走路なのだと。この道は、滑走路なのだと。


 実咲の町には海がある。海水浴も漁もしない、バカンスとも海の幸とも離れた、鉛色をした海である。

 その海は、鉄工業と繋がっている。赤と白との市松模様の鉄塔や煙突が、遠くから見れば模型のように、点々と立ち並ぶ。


 そのうちのひとつが。


 町のメイン道路を抜けた先、小さな坂を実咲は通る。その坂は正面に、煙突を捉える。先にも述べた、赤と白とで彩られた煙突は、よく晴れた日も、そうでない日も、圧倒的な存在感で空に映えて立っている。

(ロケットだ)

 初めて見た日、実咲は強く感銘を受けた。紅白の、めでたく強く存在する空想のロケット。それに向かって走っていくマイカー。それはもう、滑走路を走る飛行機と、錯覚するに十分だった。


(行くよ、)

 ハンドルを持つ手に力が入る。アクセルを踏む足が強くなる。

(5、4、3、2、1、)

 カウントダウン。近付くロケット、上がる速度。早鐘のようになる、実咲の鼓動。

( --離陸!)

 坂の頂点でアクセルを放す。緩やかな下り坂。実咲はしばし、密かに放心する。

(……『安定気流に乗りました。ベルト着用サインが消えるまでは、そのままお待ちください』)


 坂の終わりは交差点である。ロケットこと煙突を前に、しばし赤信号となり、そのあと青信号で右折するのが実咲の常であった。

 やがて、海の近くの事務所に着く。プレハブの小さな建物が、実咲の職場である。

「おはようございます」

 無人の部屋。所長をはじめ、社員は皆もう現場に出ている。事務員の実咲より1時間ほど出社が早い。


 さて。


 鞄をデスクに仕舞い、パソコンを立ち上げる。その間にコーヒーサーバーをセット。弁当の注文を確認し、仕出屋へ連絡を入れる。立ち上がったパソコンに注文履歴を入力したら、布巾の交換と湯沸しポットのセット。

 ポットに水を注ぎながら、窓の外を見る。ここからも、ロケットこと煙突が見える。

 実咲は小さく微笑むと、水を止めて給湯室を後にした。


 実咲の一日が始まる。

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滑走路 群青更紗 @gunjyo_sarasa

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