粟立ち煮立つ

反比゜例

想起

腹の底に、重く粘っこい憎悪が、今でも確かに残っていて、それから踊り出すほむらが、腹の内を時折舐めるようにあぶる。

事に一応幕が下ろされていくらかの時が経てど、とうの昔に忘れたつもりでいても、案外と残っているものだ。


思い出すだけで全身があわ立つ。

何を為されたか想起するだけではらわたが煮えくり返る。

何を与えられたか見返してみる、それだけで哀しみの絶頂へ即座に導かれる。



あれは侮辱的なものだったのか、それとも非故意的なものだったのか。

何にせよ重要なのは為された側が何を思うか、という結果だ。それ以外はすべて無視される。




『奪われる』という経験があるだろうか?

あの不可避かつ絶望的な屈辱感を知っているか?

きちんと手綱を握っていたつもりで、でも実は手が離れていて、いつのまにか空を握ったまま鞭を打とうとしていた経験は?


あるだろうか?



それを知っておきながら





笑顔で────







荒らし────






近づき────








そして今、私は独り嗤っている。


歪んでしまった、元の形もわからぬ立ち姿で、三日月のように口角を吊りあげて。

全身を以って、あざける様に嗤っている。




ただし、この垂れた双眸そうぼうだけは、じっと遠くを見つめているかもしれないけれど。

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粟立ち煮立つ 反比゜例 @Lindworm

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