毒島、どういうことだ!?

宇部 松清

すげぇな日本の技術

「おい、毒島ぶすじまァっ!」


 はっきりと怒気をはらんだ声と共に、勢いよく理科室俺の聖域のドアが開け放たれた。もう正直殺意しかない。


 どすどすとどこぞの核の落とし子のように足を踏み鳴らし、憤懣ふんまんやるかたなしとでも言わんばかりの表情で、これまたどすんと乱暴にランチトートを置く。この重量感からして、その中身は御母堂特製の豪華3段弁当だろう。ついこの間まで屈強な野郎共(だってウチ男子校だから)にもみくちゃにされながらパン争奪戦に参戦していたのだが、やはりあれだけでは足りないらしい。


「騒々しいな」


 しかしこいつの怒りがどうとか俺には正直関係ない。まず間違いなく、だいたいの場合、それは俺のせいじゃない。


「これ見てくれよ!」


 そう言ってトートから取り出したのは、毎回毎回よくそれ完食出来るなと感心せざるを得ないサイズの弁当と――、


「ボールペン?」

「いや、ペン型の高性能ビデオカメラ」


 お前何てもん学校に持って来てんだ。

 それで盗撮やらカンニングやらの疑いをかけられても俺はかばったりしないからな。むしろ積極的につき出してくれる。

 でも待て。ウチは男子校だぞ。野郎の何を盗撮するんだ? おい、今回のBL分岐点はここか? このくだりか? 冗談じゃないぞ!


 しかし、それはどこからどう見てもちょっと太めの怪しさしかないボールペンなのである。録画したものはどのようにして見るのだろうか。もしかして万華鏡のようにそのペン先の穴を覗くとか? ちっちゃいなー、穴。


「毒島何やってんの?」

「いや……これ、どうやって見るんだ?」

「いや、このキャップ外すとさ……ほら、USBコネクタ」

「お、おぉ……成る程」

    

 すげぇな、日本の技術。

 ――って、コレMade in China じゃないか!


「でも、これがあったってさ。さすがにここにはパソコンなんてないぞ。何で見るんだ」

「ふふふ……毒島」

「何だよ気持ち悪いな」


 いきなり顔近付けてくんな。何だ、これもアレか。BL展開に持ち込もうとしてるだろ! 良い加減にしろ! 


 春田は無駄に怪しい笑みを浮かべた後で3段重を包んでいる風呂敷(最早大きさ的にハンカチなんかでは包めないのである)を解いた。


 何だよこのタイミングで飯食い出すとか、マイペース過ぎるだろお前。


 そう思い、すっかり食べるタイミングを失っていたクリームチーズパイに手を伸ばす。ピリリ、とビニールを破り、さて一口、というところで、春田がおかしな動きをしていることに気付いた。


 見事な漆器の重箱の下段に先ほどのスパイアイテムのようなボールペンを挿そうとしているのである。


「何やってんだ春田。お前とうとう頭が」

「ちょっと毒島助けてくれ。どうしてUSBって一発で入らないんだ。これどっちが上?」

「どっちが上も何もだな。重箱に何しようとしてんだお前――えぇ?」


 あったのだ。USBの挿し込み口が。重箱に。それなりに高そうな漆器の重箱に。

 何? USBブッ挿してどうすんの? どうなるの? 温まったりすんの? すげぇな日本の技術。ってこれもMade in China ってオチじゃないだろうな。


「あぁ入った入った。何だよ最初の向きであってたんじゃん。何でだろうな、必ず一回こうやって『あれ? これ逆?』ってやらないと入らないの」

「俺が知るか」


 とにかくUSBは挿し込まれた。だから何だっていうんだ。

 付き合ってられるかとクリームチーズパイにかぶりつき、もぐもぐと咀嚼する。

 すると春田はその一番上の蓋を、ぱか、と開いた。いつもならまずこれ見よがしに1段ずつ下ろしてから開けるのに。しかも、完全に取り外すのではなく、まるでノートパソコンを開くかのように――って、おい! 蓋の裏がディスプレイになってるぞ! どうなってるんだ、日本の技術!

 呆気にとられる俺の向かいで、春田は、2段目を引き出しのようにスライドさせた。こうなるともちろん現れるのはキーボードである。では、3段目は……? と見守っていると、そこは収納スペースらしく、マウスとマウスパッドが出て来た。


 おいおい、ということはお前今日の昼飯どうする気だ。


 そんな俺の考えを読み取ったのだろうか、春田はぐっと親指を立て「大丈夫だ」と言った。


「これ見せたら、仮病使って帰る」

「何ひとつ大丈夫じゃないだろ!」

「大丈夫だって。だって食わなきゃ死ぬんだぜ? 餓死だよ、餓死。うん、仮病じゃないな。立派な病気だ」

「立派な病気はお前の頭だ!」


 声を荒らげた俺をまぁまぁといなし、春田は何やらマウスをカチカチと操作している。それに合わせてなのか、重箱型のパソコンにぶっ挿されたペン型USBのランプもまた規則的にチカチカと点滅している。


「お待たせ毒島。これ、これだよ」


 そう言ってパソコンごと向きを変え、春田は俺の隣に座った。画面が小さいためにかなり近付かなければならない。おい、ここでもBLに持ち込もうとしてるだろ。さすがの俺もそろそろ切れるぞ。


「……これは一昨日のか?」

「そ。俺の――いや、俺達の記念すべき初決めポーズ&名乗り回に日」


 そこに映っていたのは、変身直後の4人と、何だかんだと使い勝手の良いゲリラ豪雨を加工して作ったウェザーモンスターに、『折り畳み傘なら常に持っていると油断しまくっていたら前回のゲリラ豪雨でさんざんやられて穴が空いちゃってるのにいつもの癖でつい畳んでしまっただけの防御力0のヤツで立ち向かわざるを得ない』という絶望的状況エッセンスをプラスし、さらには『絶対外せない合コンのため、美容室で完璧にセット済み且つ姉に借りた何か高い服&小物フォーム』という盛り盛り強化バージョンのやつだった。


 その時の俺はというと、そろそろ現場で直接指揮を執るのも面倒になって来たので、幹部に任せて基地に戻り宿題を片付けていたのである。

 ちなみに、とりあえず負けたという一報は、戦闘終了後、首領直通報告システム『風の便り』(またの名を『告げ口』)で先に受けていたので、戻って来てからその言い訳を涙ながらにし始めたその無能幹部は平に降格させたけど。情状酌量を狙ったんだろうが、俺にそんなものが通用するか馬鹿者。


『――これ以上お前達の好きにはさせない!』


 再生をクリックすると、意識しているのか普段よりもちょっと良い声で春田――いやバトル・スプリングが叫んだ。そして『行くぞ!』と残りのメンバーに目配せをし、右手を高く上げた。


 おぉ、やっぱりやったんだなぁ。


 などとのんきに成り行きを見守る。まぁ、どうせ結果はわかってるからな。それぞれの必殺技を立て続けに喰らってからのタコ殴りエンドだろ。

 言っとくけど、それ普通ラスボスにやるやつだからな。毎度毎度安定のオーバーキル。全く酷いことしやがる。あいつらウェザーモンスター1体作るのにどれだけの金と時間がかかるかなんてわかってないんだもんなぁ。


 まぁ、前首領あの馬鹿もそういうの全く知らずにどんどん外注してたけど。しかも、わざとやってんだかぼったくりで有名なメーカーにな。ウチにもっと立派な研究所ラボもあるし、あいつらより優秀な技術者も俺もいるっつーの。絶対何かもらってたな、あれは。


 そんなことは置いといて、だ。


「おい、春田。どういうことだ」

「それはこっちの台詞なんだよ、毒島」

「いや、それはお前の台詞じゃない。確実に俺のだ。だって俺言ったよな、『お前が何かポーズ決めて名乗ってる横であいつら普通に戦うぞ』って」

「うん」

「まんまと実現してるじゃないか!」

「でも俺ちゃんと言ったぞ? 毒島が考えてくれた名乗りもコピーして渡したし、ポーズだって1人1人のポーズして写真撮ってさ。わかりやすいようにって名前入りのTシャツまで作って着たんだぞ?」


 作って着たのかよ。いよいよもって本格的な馬鹿かよ。


「……全員で練習はしたのか?」

「いや? してないけど?」

「よくもまぁぬけぬけと言えたな俺に。少しはすまなそうな顔とかしろよ」

「いや、だってまさかここまでとは思わないじゃん? せめてちょっとはやるかなーって思ったんだけど、まさか一斉に殴りにいくとは」

「お前らいつもそうだろ。何なら出会い頭に必殺技叩き込むよな、冬木辺りは」

「うん、冬木はもう早く帰りたいから」

「もっと真面目に向き合えよ。地球の危機だぞ」

「あいつ最近新作のゲーム買ったから無理だよ」


 どうしてこんなんばっかなんだよお前ら。


 しかし、やっぱり実際に見ると違うもんだなぁ。

 あの(元)幹部も言い訳もまぁ……何ていうか……、うん、1階級くらい戻しといてやるかな。


 うっわ、エグい。冬木のが一番エグい。アイツ何? ヒーローじゃなかったら確実に塀の中だぞ。何でアイツ返り血浴びて笑ってんの。ちょっと俺の理解が追いつかない。

 夏川は正面突破しか知らない馬鹿だから良いけど、あの秋山でさえ正々堂々やってんのに、何であいつ姑息な上にり方が猟奇的なんだよ。


「……とりあえず、次はちゃんと練習してから来いって」

「えぇ~練習かぁ。来るかなぁ、冬木」

「最悪冬木は諦めろ。何回か冬木抜きでやってく中で本人にやる気が出るのを待つしかないんじゃないか?」

「でも、冬木の部分穴があいちゃうだろ」

「だったらあのズンズン坊主にやらせろよ。いないよりマシだろ。案外、それで冬木も焦って練習するかもしれな――」

「業務外だズン!」


 その言葉と共に、春田の背後からNot in Education, Employment or Trainingな無能猫羊が飛び出して来た。ていうかお前どこに潜んでた?


「ズンはちょっと汗をかくのNGなんズンよねぇ。あんまり汗かくと、この関節のここ……この肉と肉が重なる部分に汗疹あせもが出来ちゃうズンよ」


 お前の肌事情なんて俺が知るか。


「一度汗疹が出来るとズンは毛が多いからケアが大変なんだズン。かといってその部分だけ刈ったりすると可愛さが失われるズン」

「この期に及んでまだ可愛さとか言ってんのかよこのニート羊」

「ズンはどっちかというと猫寄りだズン!」


 ズンズンうるせぇズン。

 

「まぁまぁ2人共落ち着いてよ」

「この得体のしれない生物を『人』としてカウントするな」

「とにかくさ、俺もう一回あいつらに念押しとくよ」

「いや、言うだけじゃ駄目だろ。ちゃんとリハくらいやれよ」


 ウチらはきっちりリハしてるぞ。ていうか、そこでOKが出なかったらそいつの出番は見送りになる。

 当たり前だろ? だって見たことあるか? 揚々と侵略してきた側がガッチガチに緊張してポーズは決まらないわ、口上もカミカミだわ、なんて。ないだろ? だろ?


 ってことは、だ。ちゃんと練習して来てるってことなわけ。

 この業界、やっぱ掴みが一番肝心なわけ。

 ババーンって登場した瞬間に客のハートをがっちり掴まないといけないわけ。

 あっもう駄目だこれ、白旗上げます。ついでに領土も差し上げますし、もうマジで降参ですってな具合に思わせないといけないわけ。

 例えそれが昨日作られたばかりのスーパーフレッシュなモンスターであっても、この道ウン十年、あの星もあの星もあの星もこの腕っぷしだけで征服してきました、くらいの迫力とか必要になってくる。だからハッタリってある程度は大事なんだよなぁ。


「大丈夫! だって俺ら、ヒーローだぜ? 次でばっちり決めるから! いままでも必殺技とか強化フォームも追い詰められた時にジャジャーンって出て来たからさ。きっと俺ら、そうやって追い詰められたら秘められた力っつーの? 潜在能力的なアレが開花すんだよ、しちゃうんだよ」

「これはしちゃうかもズンねぇ」

「秘められた力に期待するの止めろ。お前らの潜在能力が過度なプレッシャーで死ぬぞ」


 まぁ、もう良いや。

 もう次で終わりにする。

 もう腹立つだけだから決めポーズとか名乗りとか絶対待ってやんねぇ。


 俺は大きくため息をつき、春田がやけにテキパキと重箱型PCを元通りに片付け、丁寧に風呂敷で包み直しているのを眺めていた。やがて、きれいに包み直した重箱(それはPCと呼んだ方が良いのだろうか)をトートにしまい、テーブルの上のペン型カメラを胸ポケットに挿して立ち上がる。


「次は期待しててくれよ、毒島!」

「……うん、まぁ」


 とりあえず曖昧な返事にとどめておくことにした。


 その後ろ姿を見送る。

 いつの間にかあの小憎たらしい猫羊の姿は消えていた。曲がりなりにも妖精、というわけか、と一瞬感心しかけたが、春田の学ランの背中の辺りが不自然に膨らんでいることに気付き、止めた。動くな動くな。そこに入るならせめてじっとしていろ。


 まぁこの後ろ姿を見るのもこれが最後だろうな。

 

 次こそは最終回だぞ、と自分に何度も言い聞かせる。俺としたことが、ヤツの、いや、ヤツらのペースに乗せられてしまっているのが否めない。



 ちなみに後で確認したところによると、あの重箱だけはMade In Japan だった。

 やっぱすげぇわ、日本の技術。


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