連盟よさらば! 遂に協力の方途尽く 総会、勧告書を採択し、我が代表堂々退場す
「大使! お待ちください、キム・チョル全権大使!」
黒いスーツ姿の男の後ろから、やけに小柄な男が走り寄る。浅黒い肌に、子供ほどの小さな背。
「総会でどのように発言されるおつもりですか、国際非難をどのように…………」
大使と呼ばれた黒スーツの男は、戸惑いや恐怖を隠せないのか、おろおろとただ慌てることしかできない小柄な従卒をなだめる。
身をかがめてその小さな肩に手を置き、子供をあやすように瞳を見つめる。
「国に、そして軍にどんな意図があったのかは分からん。ただ、私はここで成すことを成すだけだ」
極東の恒久平和をね。
キム・チョル北部ヤシマ諸島暫定政府全権大使はポツリと零すと、己の戦場へ繋がる堅く重い扉をこじ開けた。
「遅いぞ」
ぎろりと、先程の従卒と同じくらいの背丈の男が睨め付ける。
浅黒いを通り越してもはや黒い顔、暗色系のアフガンストール。彫りの浅い顔だけが、
ワークワーク首長国大使、ハーシム・アブドゥル・シャーがその小柄な体を円卓の椅子にうずめながら着席を促した。
「……さて、総会の議題は本日昼頃に発生した新型ダンジョンと北部ヤシマ諸島暫定政府による先制核攻撃についてだ」
大きく溜息と共に吐き出される。
「東瀛民主主義人民共和国は現在、今回の核攻撃による被害を計上している最中だ。
よって詳細な被害報告は不可能であるとした上で、北部ヤシマ諸島暫定政府に対しては是非とも、この度の暴挙に及んだ適当な説明をお願いしたい」
目つきの悪い年若い男が、無精ひげをもてあそびながらキム大使をにらみつける。
迷彩柄の軍服に身を包んだ彼は一見軍人のようであり、その袖口から覗く腕は丸太のように太い。
「わが国は本日新規に出現したダンジョンに対し即座に宣戦布告。敵地上構造物ならびに敵軍に対する先制核攻撃を行いました」
「その先制核攻撃に東瀛人民の犠牲があったと言っているんだ」
「被害情報は未確認でしょう? ……もしや国家に宣戦布告をしかける事が悪だと、他国へ宣戦布告するには東瀛の了承が必要だとでも?」
はっと鼻で笑ったキム大使を、「キム大使」と、小さく呟いたハーシム大使が抑える。
「東瀛の国家主席も1度落ち着かれよ。そもそも、貴国がヤシマからの貴国のミサイル防衛体制にも問題があるのでは無いか?」
貴国は日高見帝国の集団安全保障体制下であるため、不要なのかも知れないが。
暗に技術の不足から来る失態だと示す。ワークワークという国を背負った外交官と、東瀛という国を背負った国家主席の間に、火花が走る。
迷彩服を着た黒髪の男は諦めたように目をつぶると、やれやれと大きくかぶりを振った。
「そいつはすまなかった。まさかヤシマ諸島に、DP-01ダンジョン以外を攻撃する余力があるとは思わなかったもので」
何を勝手なことを。
キム大使は小さく舌打ちし、反論する。
「我が国の南部を制圧せしめた巨大ダンジョンは現在ヤシマ陸軍が総力を挙げて撃滅作戦をとっている。国内で使えない核兵器を、維持費も含めて処分できたと考えれば安い物だ」
「それに我が国を巻き込まないで欲しいな」
うむうむ。円卓の他の席に着いた日高見、扶桑、大和、ヤポニカなどの国の大使が首肯する。
扶桑連邦も日高見帝国も、とくに介入する意思はない。しかと見て、ちっと小さく聞こえないくらいの大きさを以て舌打ちした。
「……ダンジョンは不俱戴天の敵だ。国土の半分を呑み込まれてもまだ足りないと宣うならば、ダンジョンへの認識をあらためた方がよろしい」
わかった。ハーシム大使はその小柄な肉体から声をひねり出す。
「採決しよう。“新型ダンジョンへの先制核攻撃は是か非か”――――賛意を表すものは起立されよ」
ガタリ
音が一つだけ、響いた。
「…………だ、そうだ。 北部ヤシマ諸島暫定政府殿」
並み居る国家の大使たちが座する中、たった一人起立したキムは、怒りに震え顔を真っ赤にさせながら叫ぶ。
「我が国による先制核攻撃を否定されるならば、貴国等は人の心がないのだろう! 幾万の無辜の民が無残にも虐殺されようとも、それを人権だの権利だのと薄く纏わせるならば、もはや北部ヤシマ諸島暫定政府3万の民は貴国等に協力しうる立場ではない!!」
ダン、机を叩き、踵を返して身体を思い切り180°回す。
さようなら。
吐き捨てられた言葉をそのままに、キム大使は固く閉ざされた会議室の扉を乱暴に叩き閉めた。
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