どうして、人を教えながら、自分自身を教えないのですか。盗むなと説きながら、自分は盗むのですか

「……鬼?」


 緑色に染められた立折襟。学生服か軍服か、堅苦しく統制された印象すら思わせる。一昔前の中国人が纏っていたような服。

 左の肩に六芒星みたいな模様を刺繍されて、黒い髪と瞳を炭と煤に汚す。

 手にした赤く分厚い聖書みたいな書物を抱えて、そのぶかぶかの袖を黒い雨にぬらす少女は、縋るように言葉を絞り出した後、ただ口元を一本線に噤んだまま凝視する。

 そのオニキスみたいに綺麗な、煤こけた瞳に見つめられたまま、俺はなにをするでもなく硬直した。


「いや待て、これは言葉は通じないのかな」


 焼け焦げた石壁が、雨を受けジュッと音をたてる。

 彼女から見れば、俺はなかなかに困った顔をしているのだろうか。俺は恐る恐る近寄り、ガラスの破片が目立つ石壁に手をかけた。

 白い煙が立ち上る。少女はぎょっとしながら、静かに口を開いた。


「…………確かに私たちはおにと呼ばれています。貴方は本国人ですか?」

「本国人?」


 つい反射的にかえしてしまう。小さな角が、黒い髪に隠れることなく屹立する。


「……ではないのですか。てっきり東瀛人民かと」


 少女はほっと胸をなでおろす。

 直後はっと気づいたように、腕に巻き付けられていた頭巾を深くかぶった。

 その角を隠し、誰にも見せないように。


「もしよろしければ、片づけの手伝いをお願いしたいです」


 出来れば、入り口から入って。

 彼女は静かに、感情を見せることなく促した。


 焼け焦げた建物の入口は、武骨な石積みの中におかれている。

 歩いてみてわかったが、この建物は概ね立方体の形をしているのだ。ステンドグラスと出入り口が正対しているところから、教会か何かなんじゃないかと夢想する


「し、失礼します」

「どうぞ」


 スニーカーの底に押しつぶされて、黒い炭がぱきりと割れた。

 木製の椅子か、台か。規則的に置かれたのだろう焼け残りの木々が、巨大な石の下敷きになって飛び散っている。

 大きな瓦礫の山は中心部に放置されたまま。がらりと崩れかけた足場に気を付けつつ、講壇の前に立つ少女を目指す。

 少女はやっと来たか。と言わんかのように一瞥し、切り出した。


「まずはまだ使えそうなものを探します。燭台、聖書、人民公社の資料、武器。あとは……死体が残っていたら」


 例えばこんな風に。少女はひときわ大きな瓦礫に挟まった炭の棒を指す。

 人の腕のようにも見えるその炭に十字を切って、根元からへし折った。


 パキリと乾いた音を響かせて、炭は石の隙間から離れる。


「切り取れる部位だけを切り取るか、私に知らせてください」


 平然と、言ってのけた。

 手にした炭を講壇の上において、ぱんぱんと手をこすり合わせる。


「まあ……大方の作業は終わらせたので、あとは地下室や奥の部屋を探すだけです」


 奥の部屋には死体は少ないでしょうから。

 淡々と、冷静に少女は話す。俺は何も言えずに、ただ首を縦に振った。

 少女は黒く焦げ目がついた扉を開けて、教会で言うところの控室に足を踏み入れる.


 控室は広く、延焼はほぼない。

 執務机が部屋の奥に配されており、何らかの仕事場であったのだろうことがわかる。

 少女は適当に見繕った革のカバンに、積み上げられていた資料を放り込む。


「……なあ、これは」

「第2区人民公社です。あなたも適当な物を探してください」


 言われるがままに、部屋の隅に鎮座している鉄製のクローゼットを揺らす。

 鍵がかかっているようだと呟いたら、少女が煤こけた鍵の束を渡してきた。


「……これ、死体から剥ぎ取ったものか」

「剥ぎ取ったとは酷い言われようですね。……神さまが私たちを救ってくれなかったから、やむを得ずです」


 書類がカバンにしまわれ、壁にかかった緑色の服が片づけられる。

 少女が纏うものと同じ、六芒星を肩に象った服だ。


 鉄のクローゼットを開ける。10丁ほどの銃火器がしまい込まれていた。

 戸棚を開ける。机を開ける。箱を開ける。

 数時間前まで生きていたのであろう人の遺品を回収していた。


 俺は二丁の銃を背負う。ズシリと重く、鉄の塊が肩にのしかかるよう。

 書類が入ったカバンを俺に預けた少女も、同じように銃を背負った。


「そういえば、名前は」


 少女は少し悩んで、俺を向く。


「私は……私は、ヤオ・ランファン。私と、ここにいた人たちは、みんな東洋鬼トンヤングィと言われていました」

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