今次の災害は惨悪極まる空襲により我国民戦意の破砕を図らんとする敵の謀略に基づくものなり

《敵熱核攻撃、一時収束。敵熱核攻撃、一時収束》


 映像が途切れてから、何時間たっただろうか。配線からか、ちかちかとあわただしく明滅する豆電球に、ブルーライトを絶えず発するモニター。固く閉ざされた鉄扉の向こうからごうごうと低く唸って聞こえるのは、風の音か。


「…………なんだったんだ」


 思わず、呻く。

 その声を、モニターが拾う。


《敵熱核攻撃は4発が観測されました。それぞれ当陣地から3850m北側。2864m南側。3091m西側。3637m北側。弾着角度は3-4度、炸裂高度は180m誤差10m以内と推測されます》


 モニターに文字列が表示されたのち、ぱっと白地図が広がった。

 赤と黄色と緑と。それにどこか海岸近くにある1つの点からの等距離を示す同心円。

 上も下も、北も南も西も。おおよそ10㎞と書かれた同心円の範囲に黄色く被害範囲を示す円が覆いかぶさる。


「……なんなんだ、一体」


 思っていた異世界でも、ダンジョンでもない。無力感と諦観と、それに怒りと理不尽が、一気に襲い掛かる。

 モニターは律義に文字をウインドウに打ち込んだ。


《現在、北部ヤシマ諸島暫定政府による熱核攻撃は一時収束しております。

 探知圏内にヤシマ諸島暫定政府籍の武装組織は確認されていません

 当陣地の耐久度に100の損害。外部カメラ損傷。対NBC隔壁への損害軽微。

 酸素濃度21パーセント。放射線量に異常なし。

 徴収能力に障害はありません》

「違う」


 思っていたよりも、低く否定が飛び出す。

 そんなことを聞きたいんじゃない。もっと感情的な。

 無言で文字を連ねていくモニターが切り替わる。


《探知圏内に侵入者モンスター数は324240存在します。内訳を表示しますか?》


 ぱっと浮かんだ文字の列、その数字だけが徐々に数百、数千の割合で数を減らしていく。

 ただ無感情に、数千単位の統計が消えていく。


「……違う」


 文字列を垂れ流すモニターを恨みがましく睨みつける。

 俺はどうしてこんな穴倉の中で閉じこもっているのか、思うだけで腹立たしい。

 理不尽に連れてこられて、何の説明もなく。核兵器なんて言う、映画や漫画の中だけの脅威にさらされる。


「違う、違う、違う! なんで淡々としていられるんだ、原爆が落ちたというのに!!」


 ただ何かに当たっていたくて、思い切りぐつぐつと煮えたぎる心中を吐き捨てた。


《核攻撃は対都市・対装甲目標において有効な攻撃手段であると結論付けられております。

 当陣地は一切の軍備を保持していないため、報復核攻撃は不可能です》


 言外に軍備を持てと発言されているようだ。その見当違いな発言に、さらに怒りが増す。


「じゃあ、なんで俺をここに置いているんだ! ダンジョンマスターとやらにするからか!?」

《将校である貴方は既に国家元首ダンジョンマスターとして承認されています。現時点での変更は不可能です》

「何勝手なことを!! こんなことになったんだ、一から十まで説明しろよ!」


 説明しろ。この言葉で、ヘルプなりなんなりが出てくるはずだ。冷静な頭の片隅が思考する。

 モニターの明かりがちかりと揺れた。


《当陣地ダンジョンの事務局は設定されていません》


 そうして、何のタイムラグもなしに、まるで想定していたかのように、拒絶する。

 その瞬間、かっと頭に血が上るのが分かった。


「……っ、説明すらなしでダンジョン経営しろってか! しかもどこかから宣戦布告を受けた状態で!」

《…………数日以内に敵国籍航空機の領空侵入、1週間以内に地上侵攻の恐れがあります。速やかな軍備増強を推奨します》


 俺の言葉を無視して、文字はうち込まれる。

 淡々と、何事もなかったかのように開かれたウインドウ。

 銃やミサイル、大砲といった殺戮の兵器がずらりと写真入りで並んでいるのがわかる。


「――――ふざけるな!!」


 叩きつけた拳の下で、古びた木製の机が揺れる。微動だにしないブルーライトに怒りをぶつけることもできず、俺はモニターから目を背ける。

 大量殺戮兵器のカタログみたいなウインドウは閉じられることもなく、おのれの正義を主張し続けているようだ。

 乱暴に足元の砂を踏みにじり、外界とのつながりを示す鉄扉に手をかける。


《現在放射能汚染の危険性があります。外出は推奨しません》

「うるせえ!」


 俺は震える拳を握りしめたまま、鉄の扉を開けた。

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