第7話

 休日明けの月曜日、登校しながら、僕はちょっとドキドキしていた。今日こそは、倉橋瑞希と共有できる話題があった。あの、原宿のことが。もっともあれがほんとうに彼女だったのか、いまだに僕は半信半疑だったけれど。あるいは、不思議におもう人もいるかもしれない。もはや許嫁のことがかなり現実味を帯びてきはじめたのに、どうしておまえはいまだにそんな感じなのか、と。それはそうだ。あの後僕らは二家族そろって和気あいあいと店に食事に行って、はやくも家族ぐるみの付き合いといった様相を呈しはじめた。でもなんというのだろう、どうもそういうことは夢のなかの出来事のようで、ふしぎに実感がもてないのだった。いま僕に実感できるのは、この胸の鼓動だけ。倉橋瑞希と話すというだけでドキドキしてしまうという、このどうしようもない事実だった。

 教室に着くと、うまいことに彼女のほうから声をかけてくれた。

「おはよう」

微笑む彼女に、僕も用意していたことばをかけた。

「おはよう。―ねえ倉橋さん、もしかして、土曜日原宿にいなかった?」

「あ、いた、いた!高梨君も?」

やっぱりあれは彼女だったんだとあらためて驚きながら、僕はいった。

「あ、やっぱり・・・。うん、車道の向こう側を歩いているのが見えたんだ。―でもさ、倉橋さんって、私服だとあんな感じなんだねえ。びっくりしたよ」

「あんな感じ、って?」

かわいらしく小首をかしげる彼女に、僕はつづけた。

「ものすごいおしゃれなんだね。もちろん、制服のときも気を遣ってるのはわかるんだけど、やっぱり制服だものね」

彼女は、笑った。

「ええーっ、そんなにいつもと違った?―うん、でも、わかるよ。私の場合ね、ただ、服が好きなの。すごく、好きなの。服そのものが好きなのね。だから・・・なんていうのかなあ・・・」

「わかるよ」

僕は、うなずいた。ものすごく、共感がもてた。

「着飾るのが好きとか、誰かの目線を気にして、とかじゃないんだよね。それなら制服姿でもなんとなく派手になるものね。そうじゃなくて、衣服そのものが好きなんでしょう?」

「そうそう!そうなの」

倉橋瑞希は、うれしそうににっこりと笑った。僕らは、微笑みあった。わかりあえた、実感があった。

(やっぱり、僕の目はまちがっていなかった。この人とは、通じ合うものがあるんだ。だから・・・好きになったんだ)

思いながら、でもふいにこのあいだの白石由里の笑顔が想いうかんだ。

「柚季君のほうは、これからゆっくり私のことを好きになってくれればいいの」

胸が、ずきっとした。

(親たちが、勝手に決めたことじゃないか。時代錯誤だよ。僕には、僕の気もちがあるんだ・・・)

そうは思ってみても、どういうわけか、心は重いままだった。僕は内心で、ため息をついた。高校一年生にして、僕はよくわからないしがらみに縛られはじめていた。

 しかし不思議なもので、これまであれだけ苦労したのが嘘のように、いちど仲よくなってしまえば、縁のほうも向こうからやってくるかのようだった。その日のHRは、近づいてきた学園祭についてのものだったけれど、クラスでおそろいのパーカーを作ろうという提案が通った。学園祭は十月だったので、クラスTシャツでは寒いだろうからだ。そして山本先生が、

「デザインは誰がやるの?」

と聞いたところから、そのクラスパーカー担当の委員を二人、男女一人づつ決めようということになった。その委員が責任をもって、デザインや発注なんかをやるというわけだ。それから先生が、

「これはセンスのいい人がいいわねえ。どう、みんな?」

聞くとすぐ、

「高梨君」

という声があちこちから上がり、僕はちょっと頬が赤らむのを意識した。まあ、あの家庭環境だからある程度きたえられて当然なのだけれど、みんなにそう思われていたとは知らなかったのだ。

「まあ、そうなるわね。女は?」

当然のように山本先生がいうと、こんどはいろいろな名前があがって、そのなかに倉橋瑞希の名前もあった。

(私服姿さえ見せれば、もう圧倒的に彼女になるのになあ・・・)

ちょっとくやしい思いでいたけれど、投票になってみると結局は倉橋瑞希になって、僕はほっとした。やっぱりみんな、何だかんだでわかってはいたのだ。

「よろしくね、高梨君」

「うん、よろしく。ねえ、いつ話しあおうか?」

「今日の放課後は?」

微笑みあって、その後の授業中、僕は放課後を心待ちにしてすごした。

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タータンチェックの恋模様 橘冬 @tomakomai

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