第6話

 その週末、僕ら家族はそろって原宿へと出かけた。もちろん、その提携先のセレクトショップへと向かうためだ。

「何てったって場所がいいわよね」

「ほんと。ここなら流行るわあ。―でも下手に出ちゃダメよ、呉葉。私たちは、提携をお願いしに行くんじゃないのよ。技術を買われて来たんだから」

「分かってるってば」

父さんが黙っているうしろでふたりの女性がぺちゃくちゃとしゃべり散らして、さらにそのうしろを僕はぼんやりと歩いていて、―ふと目が吸いよせられた。向こう側の人ごみのなかを、すっすっと歩いていく少女。

(あれは・・・倉橋瑞希!?いや、でも・・・)

迷ってしまったのには、訳があった。簡単にいってしまえば、まず外見がまったくちがう。上品な色合いのタータンチェックのネルシャツに、ネイビーのベロアジャケット。下はブルーのスキニージーンズ。オフホワイトのニット帽をかぶって、どこからどう見ても雑誌のファッションスナップの女の子だ。いや、それ以上だ。なんというのだろう、ボタンひとつひとつのかけ方外し方、サイジング、シャツの裾の出し具合、上下のバランス・・・。全てが完璧なのだ。服が、彼女が、おたがいに引き立てあって、彼女は女王様だった。

(もちろん、制服の彼女だってものすごくステキだ。でも・・・)

なんというのだろう、学校での彼女は、光るものをなにかであえてくるんでいる感じ。中になにがあるのだろうと、おもわず魅かれてしまうのだ。しかし今の彼女というのは、もう生命力でキラキラしていた。ファッショナブルなこの街のなかで、だれよりもファッショナブルに輝いていたのだ。

(圧倒的だ・・・。でも、あれはほんとうに倉橋瑞希なのか?)

雑踏のなか、爪先立ちでそのうしろ姿を確認しようとする僕に、

「柚季、何してんのよ。置いていくわよ」

姉が声をかけてきて、

「あ、うん・・・」

不承不承に、僕は家族の背中を追いかけた。後ろ髪をひかれるような想いで。

 着いてみると、たしかにそのセレクトショップはいい場所にあった。目だつ。中に入ってみると、お客さんの入りもなかなかにいいようだった。

「いらっしゃいませ」

声をかけてきた店員さんに、

「高梨と申しますが。店長さんいる?」

父がいうと、

「ああ、高梨様ですね。お待ちしておりました、どうぞこちらへ」

話は通じていたようで、すぐに奥へと通された。

 奥の部屋には、白石由里と、そのご両親らしき人がいた。まさかいるとは思っていなかったので、ハーイと手を振ってくる白石由里に、僕はちょっとあわてながら会釈した。それからすぐそのご両親がこちらに近づいてきて、まずは

「こちらのオーナーの白石朋久です」

とうちの父と名刺交換をした。大人たちの和気あいあいとしたあいさつが終わると、こんどは白石由里のお母さんが僕をしげしげと眺めて、いった。

「あらあら、写真よりもっとカワイイじゃない・・・。そりゃあ由里も気に入るわ。この子なら、私は文句ありません」

みんなが笑うなか、なんというか、この話はほんとうにほんとうなんだなと改めて実感させられて、僕はどきりとした。それからお父様のほうが、

「じゃあ由里、柚季君をお店のなかとかこの辺りとか、案内してあげなさい。われわれはちょっと仕事の話があるから。夕食はみなさんでするから、夜までには戻ってくるんだよ」

と『ではあとは若いもの同士で』みたいなことを言いだした。

「はーい」

由里さんがあかるく返事して、ものすごくいい雰囲気のなか、おそらくは僕の心だけがしだいに追いつめられていたのだ。

 僕と由里さんは、まずお店のなかを見まわった。

「どう?柚季君」

ひょっこり由里さんが僕の顔をのぞきこんできて、

「そうですね・・・」

言いかけると、

「敬語なんてつかわないで」

由里さんが笑うので、

「う、うん。そうだね・・・」

と僕はいったん出直してから、いった。

「いいね。好きなテイストだな、僕は。でもさ、おもしろいね。上品でコンサバなスタイルが多いんだけど、おもいっきり元気なスポーティなのもある」

「ああ、するどい!気づいた?それね、私の意見なの」

「―そうなの!?」

おどろいて見ると、うなずきながら由里さんはいった。

「前はオーナーのお父さんの好みで、コンサバ一辺倒。でも私がこういうやつも取り入れようよ、って」

あらためて今日の由里さんを見なおすと、水色のロゴ入り長袖Tシャツに、青い袖なしのダウンジャケット、デニムの短いスカートの下に、黒いレギンスをはいていた。たしかに、元気でオシャレな女の子そのものだ。

「へえ。影響力あるんだなあ、んーと・・・」

「あ。どうやって呼ぼうか迷ってるでしょう。このシャイボーイ」

いたずらっぽく見てくる由里さんに、僕はすこし顔を赤らめて、うなずいた。

「う、うん・・・」

「そんなの、未来の奥さんなんだから、名前に決まってるでしょう。呼び捨てが恥ずかしいなら、さん付けでもいいよ。―しばらくはね」

「う、うん。影響力あるんだね、その・・・由里さんって・・・」

恥ずかしがる僕をなんだか楽しそうに見ている由里さんから、僕は目をそらしながら言った。

「―でもさ。いいかんがえだとおもうな。なんだかふしぎに調和がとれてるっていうかさ。こうやって並べられると、たまにはこういうスポーティーなのも着てみようかなって気になるもの、僕も」

「でしょ、でしょう!?私もそう思うの。その逆もまたしかりよね。いつもは元気な服を着ている人も、たまにはこういうシックなもの着てみようか、ってなると思うの」

「うん。そうだね」

「ところでさ。柚季君、ほんとにおしゃれね」

「そう?」

「うん。白いタートルネックTシャツの上に千鳥格子のコットンのカーディガン、茶色いコードュロイのジャケットに、下は色落ちしたスリムのブラックジーンズ・・・。うん、完ぺき。いつか、こんなステキなかわいい彼氏を連れて街を歩いてみたいって思ってたの。行こうか」

お店を出て、原宿の街を歩きはじめる由里さんに、僕はきいた。

「ねえ由里さんって、彼氏いなかったの?」

正直にいえば、ちょっと信じられなかった。残念ながら、何度もいうようにタイプではない。でも、僕のタイプではないだけだ。こういう、美人で積極的でアクティブな高校二年生の女の子には、彼氏がいるものと相場が決まっているのだ。

「うん」

ふりむきながら平然という由里さんに、僕はきいた。

「どうして?」

「知ってたもの。じぶんに許嫁がいるって」

「で・・・でも、今まではぜんぜん決まってなかったでしょう?」

「そうだけど。パパが柚季君たちのお家と提携結びたがってたのも、仕事は家族でやるってことにこだわってることも・・・ママが、こっそり高梨家の息子さん、つまり柚季君ね?調査して、写真でひどく気に入ってたのも知ってたもの。うちのパパもママも、服のことになると他のこと見えなくなっちゃうからね。パパなんて、よくお酒飲みながら酔っぱらって熱く夢語ってたわよ?あそこと提携して、じぶんの店のオリジナルブランドをつくりたい、なんてさ。それで、由里、おまえもあそこの家の息子と結婚するんだぞ、ってね。まあ、半分冗談だけどさ」

「そ、そんな。いいかげんな・・・」

僕はあぜんとしたけれど、いや、ちょっとわかるかな、と思いなおした。僕の家だって、服のことになるとまわりが見えなくなるのはいっしょだ。

「なんで?いいかげんかしら。私は、キライじゃないわよ、そういうの。素敵じゃない。夢物語に、許嫁。大人たちとのあいだでは冗談みたいなノリだったかもしれないのに馬鹿みたいだけど、そいつがこの由里ちゃんの乙女心にも火をつけてしまったってわけ。なんとなーく・・・誰とも付きあう気がしなくてね」

「ま、まさか・・・僕を待ってた・・・とか?今まで、いろんな男から言い寄られたでしょう?」

おどろいておもわず立ちどまると、由里さんはあわてたように笑って、いった。

「ああ、べつに、そんなんじゃないから。ゴメン、重たくかんがえないで。乙女って、そういうふわふわした空想が大好きなのよ。それだけ。ただ、好きな男ができなかったのよ」

僕らはしばらく黙って歩いていたけれど、やがて由里さんはぽつりといった。

「でもね。このあいだ柚季君とはじめて学校で会って・・・すごくうれしかったのはホントだよ?」

「えっ?」

「乙女のふわふわしたモノクロの空想に・・・あなたはこれ以上ない色彩で答えてくれた。あなた素敵よ、柚季君」

「あ・・・」

「でも、さっきもいったけど。重たくかんがえないで?時間はたっぷりあるんだもの。柚季君のほうは、これからゆっくり私のことを好きになってくれればいいの。楽しくやりましょう?これから、ふたりで」

にっこり由里さんは微笑んだ。不覚にも、ちょっと心臓がぎゅっとした。

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