第5話
しかし、こちらが逃げているからといって、むこうも逃げてくれるとはかぎらない。僕が心の底でおそれていたことが、実にあっさりと起こった。教室にもどって、お弁当をとりだしているとき、とつぜん前のほうが騒がしくなった。
「ねえ。高梨柚季っている?」
大きな声が聞こえて、クラスメートが僕のほうを指さして体をどかすと、彼女があらわれた。金色に染めた髪。小麦色の肌。大きな二重の眼。かなり丈を上げたミニスカート。
(まさか、この人・・・・・・)
内心びくびくしながら待ちうけている僕のところに、彼女は教室中の注目をあつめながら、つかつかと歩いてきた。
「アンタ、高梨柚季?」
くいっとあごを上げた感じで、彼女が聞いた。
「は、はい・・・」
答えると、彼女はにこっと笑っていった。
「そっか。私、白石由里。聞いてるでしょう?アンタの、奥さんよ」
(や、やっぱりっ・・・!!!!!)
声が大きいものだから、教室中がざわめいて、僕の心臓は一瞬止まった。この人が、僕の許嫁・・・。
「へえ・・・。よかった。カッワイイじゃん、アンタ」
気づくと彼女がまじまじと僕の顔をのぞきこんでいた。おかげで、僕のほうもはっきりと彼女の顔を直視することになった。美人だ。ものすごく美人、といってもいいかもしれない。でもまずいことに、あきらかに僕のストライクゾーンではないのだ。派手すぎるというか、目だちすぎるというか、元気すぎるというか・・・。
「じつは、心配してたんだ。脂っこいおデブちゃんだったりしたら、どうしようってさ。安心したよ」
「あ、あの・・・」
「うん?」
「いいんですか?そんなに簡単に・・・。親に、将来決められちゃって」
あせって尋ねると、あっけらかんと彼女はいった。
「もちろん、よくないわ。だから、見に来たんじゃない」
「え?」
「気に入ったわ。あたし、決めた。アンタにするわ。親も喜ぶし、万々歳じゃない。―今は用事があるから・・・また来るね」
来たときとおなじように電光石火、くるりと踵をかえすと、彼女はさっさと帰っていった。残された僕のほうは、茫然と見送るしかなかった。彼女がなにをかんがえているのか、さっぱりわからなかった。それから仲のいい友人が何人か近づいてきて、聞いてきた。
「・・・柚季、どういうことなんだ?」
教室中が興味津々といった感じだったけれど、
「ごめん、いろいろと事情があるんだ。この件については・・・聞かないでくれ」
力なくシャットアウトして、僕はお弁当を食べるのに集中しているふりをした。そっと顔をあげると、むこうで友だちグループといっしょに食事をしている倉橋瑞希がこちらを見つめているのと目があって、僕はあわてて下を向きなおした。まったく食欲のない口にエビフライを押しこみながら、僕はなんというか、頭が真っ白だった。
◇
午後の授業中、僕がさっきの白石由里との初顔あわせのことで頭がいっぱいだったのは、いうまでもない。
「あたし、決めた。アンタにするわ」
まるで、今日のおかずを決めるような調子で、彼女はいった。あのド派手な外見といい、正直にいって、すべてが僕のタイプではないのだった。たとえば、その人が笑いながら発言したら、クラス全員が笑わなければならないような女の子がどの教室にもいる。彼女はまさしくそれだった。いってみれば、イケてる女子だ。
(僕が好きなのは・・・)
僕はちらりと横に目をはしらせながら、となりの倉橋瑞希を盗み見た。数式を解きながら、彼女は垂れ落ちてくる長い黒髪をすっとかきあげて耳にかけた。色白のきれいな横顔があらわれた。
(ああ。やっぱり、いいなあ・・・)
おとなしくって、仲よくなったらどうなるんだろうと思わせるタイプ。単純な高校生男子と言いたければ言え、やっぱりいいものはいいのだ。いうまでもなく、そう思っているのはクラスのなかでも僕だけではない。そして白石由里は、まさしくその真逆だ・・・。僕は、ふううとため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます