第4話

 山本先生の行動は、すばやかった。次の日、英語の時間中に、ふと教室を見渡したかとおもうと、

「そろそろ、席替えの時期かしらねえ・・・」

とつぶやいた。そしてクラス中が盛りあがったのをみて、しょうがないわねえとでもいうように、

「じゃあ、やっちゃう?でも授業中だから、急ぐわよ。私が、くじ引いてあげる。それでもいい?」

といった。くじびきなら誰がひいても同じだろうというのと、先生に気が変わられたら困るので、みんなはあわててうなずいた。その手際のよさに僕があきれているあいだに、先生はさっさと紙をちぎってくじをつくって、黒板に席を書きこんだ。そうして、

「紙には出席番号が書いてあるわ。ひいた順に、窓ぎわから縦にいくわよ。4番!誰?ああ、宇野さんね。窓ぎわのいちばん前!つぎ、8番。誰?ああ、越野君ね。窓際の前から2番目・・・」

と次から次へと席を決めていった。決まるたびに、うわーっ、ええーっとクラスが盛りあがり、案のじょう、僕が窓ぎわのいちばん後ろ、倉橋瑞希が僕のとなり、ということになった。くじに印でもつけておいたのだろう。たしかにこれなら、縦に決めていって、倉橋瑞希は僕の5人後に呼ばれたわけだから、まさか僕と彼女を隣同士にするための席替えとはだれも思わないだろう。

「さあて、じゃあ気分も変わったところで・・・お勉強しましょうね」

なんとなく満足そうに先生はいって、それからちらりとこちらを見て、笑いかけた―ような気もした。

 しかし、いかに席が近くなっても、距離も近くなるとはかぎらない。英語の時間が終わって昼休みの時間になると、倉橋さんは微笑みかけてくれたのだけれど、それにもかかわらず。

「お隣ですね。どうぞよろしく」

「あ。・・・こちらこそ」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

そう、ただでさえ内向的なのに、好きな子となると、もうどうしようもなくぎこちなくなってしまうのだ。気まずさから逃れるために、僕は席を立って、カーディガンを渡すために英語科職員室へとむかった。廊下をあるきながら、何やってるんだ僕は、何やってるんだ僕はと、何度も首をふって僕は歩いた。

 ちょうど職員室の前の廊下で先生に追いついて、服とは分からないように包装したものを渡すと、

「ありがとう」

と笑って、これもお金とは分からないように包装されたものを返してくれた。なんだか麻薬の密売商人にでもなったかのようだった。それから先生は、

「ほんとうにありがとう。―でもさ、それはともかく・・・」

声をひそめて、

「アンタ、何やってんのよっ」

とつづけた。

「・・・え?」

「『え?』じゃないわよっ。何よあれ、向こうからしゃべりかけてきてくれたのにさっ。『どうぞよろしく』『こちらこそ』って何よ。アンタ、外国人?日本語会話の教科書の1ページ目?」

「き・・・聞いてたんですか?しょ、しょうがないじゃないですか、何しゃべっていいか分からないし・・・」

「あーっ、まだるっこしいっ。何だっていいじゃないの、柚季と瑞希でズキズキコンビだね、とかなんとかいえば。ちょ、ちょっと、何よその『うわっ、寒っ・・・』みたいな反応。アンタのために言っているんでしょうがっ」

ヒートアップして髪をかきむしらんばかりに山本先生はいって、それからため息をつきながら後をつづけた。

「アンタみたいなのは、歳上のほうがいいかもしれないわねえ・・・。見ている分にはアンタと倉橋瑞希、ちょうどいいんだけど。いかんせん、倉橋瑞希だって典型的なお姫様タイプだもんなあ・・・」

歳上。僕はまた許嫁のことを思いだして複雑な気分になっていたけれど、先生のほうはまた苛立ちがぶりかえしてきたらしかった。

「―しかし、そのおしとやかな瑞希ちゃんが自分から勇気をだして話しかけてきてくれたのに、アンタったらっ。何よアンタ、世界がみんなアンタのために何かしてくれると思ってるの?♪幸福は誰かがきっと運んでくれると信じてるね、ってわけ?♪少女だったといつの日か想う時がくるのさ・・・ってアンタ、少女じゃないでしょうがっ」

「・・・すいません先生、ついていけなくなってきたんですが」

「何でもいいのよ、好きな話題で。そうだアンタ、服の話でもすればいいじゃないの。おしゃれなんだし。そうよ、それがいいわ。ねえ高梨君、あなた飛びぬけておしゃれよね。制服なんだけど、やっぱりわかっちゃうのよね。何ていうのかなあ・・・。ほかの高校生のおしゃれと、明らかにちょっとちがうのよね。目だちたいとかいうんじゃなくて、もう一回りしきっている感じなの。じぶんに似合うものとかを、ぜんぶ熟知しているっていうかさあ」

僕は、すこしかんがえてから言った。

「先生。先生だからいいますが・・・ここだけの話にしてくださいね?」

「―ん?うん。もちろんよ、学生の秘密はまもるわ」

「僕・・・服って、大好きなんです。いや、大好きなんてものじゃないな・・・」

「う、うん。いいじゃない。なんでそんなこと秘密にしたがるの?」

「衣・食・住っていわれるくらい、服って大切なものなのに。どういうわけか、軽くみられてしまうんです。とくに、男性の場合。そんなにモテたいのか、とか。外見より中身、とか。僕には、まったく理解できないんです。ああいうお説教みたいなのを聞いていると・・・そうですね、イルカが『陸で暮らさないとほんとうの高等生物じゃないよ』なんていわれたら、こういう気分になるかもしれません。僕にとって服という存在はあまりに重いので、話題としてのファッションにつきまとうその軽さに・・・どうしても耐えられないんです。だから、いつもその話題はしないようにしているんです」

とつぜん熱くなった僕に、先生は目をぱちくりさせていたけれど、やがて微笑みをとりもどして、いった。

「なるほどね。このカーディガンを二着持っていたことといい・・・あなた、何か服飾関係にすごく近い人なのね?なんとなく腑におちたわ。―ああ、いいわよ、肯定も否定もしなくて。詮索はしないわ。まあ、気もちはわかるような気がするわ、私も服って大好きだから。たしかに、その話題を避けるか・・・あるいは、突きぬけてしまうか。どちらかしかなさそうね」

突きぬける。先生の言っていることは、よくわかった。母や姉のように、話題から何から何までどっぷり服に漬かっている人たちを見ていると、うらやましいような気もした。将来のことは、まだ僕もはっきりとイメージができているわけではなかった。でも、正直にいえば、服飾関係以外の仕事というのは、まったく想像できなかった。

(しかも、将来といえば・・・)

セレクトショップとの提携。そして、許嫁・・・。なんだかよくわからないしがらみがくっついてきて、僕はまた教室へと帰っていきながら、ぶんぶんと頭をふった。ともかく、倉橋瑞希と仲よくならなければと、僕は逃げ場のようなかんがえにすがった。

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