4-15.踏んではいけない地雷だった

 王宮の謁見の間は緊迫した空気に包まれていた。大きな椅子に埋もれるように座る少年王が、頭の上の王冠を無造作に手で直す。


 王座に続く階段を飾る赤い絨毯が細く長く届く先で、幾人かの貴族がかしずいていた。罪人のようにこうべを垂れて待つ大人を、物憂げな態度で見下ろす。


「次……」


 欠伸しそうな少年の促しに、ウィリアムはぺらりと紙をめくった。手元に束ねた大量の紙は、ひざまずく彼らの罪状を記した書類だ。今回の襲撃事件だけでなく、横領や納税の誤魔化し、領地内の不手際など……戦時中で執政の目が届かない間に仕出かした事件が、つぎつぎと暴露されていく。


「スガロシア子爵家当主、ミヒャエル・スガロシア。国王陛下への不敬罪、暗殺未遂、襲撃、戦時中に許可なく行った略奪、軍事費の横領、派遣兵の過大申告、またそれに伴う軍費の不正申告と受領……ほか、この書類に記載された84の罪について問う」


 読み上げるのも嫌になる量の罪状が記された紙束を、ひらひら示して見せた。最初に罪を問うたリシェケ伯爵家は46の罪をすべて読み上げたのだが、さすがにウィリアムも疲れてしまった。これだけあれば、いくつか抜けていても増えていても気付けないレベルだ。


 痴女のことは言わなくとも、84の罪の中に数えてある。わざわざ思い出して口にすることもあるまいと、執政は淡々と言葉を紡いだ。


「畏れながら、それらが私どもの罪である証拠は……」


「証拠?」


 眉を顰めたウィリアムの声色が変わる。執政として取り繕っていた仮面に、ヒビが入る音が聞こえた気がした。愚かな足掻きに、ウィリアムの表情は満面の笑みを返す。


「陛下、少し……よろしいですか?」


「構わん、好きにやれ」


 こんなヤバい笑顔をしたウィリアムに逆らう人間はいない。それは溺愛されるエリヤであっても同じだった。余計なことを口走ったな、と呆れ顔のエイデンも助ける義理はない。


 主人である国王に対し、執政が許可を取ったのは「本気で潰すぞ」という意思表示だった。ついでに「口調を崩してやりこめる」宣言でもある。


 孤立無援の状況に気付かないのか、スガロシア子爵はさらに余計な言葉を重ねた。


「陛下は我が娘を召されたのですから、我らは外戚であり」


「――今、何といった?」


 ウィリアムの仮面が割れる幻影が見えて、エイデンは首を横に振った。先に断罪されたリシュケ伯爵の顔が引きつり、順番を待つ他の貴族も身を強張らせる。緊迫した空気が謁見の間を満たした。


「救いようのない」


 呆れ顔のエイデンの呟きに、隣でチャンリー公爵家のショーンが眉を顰めて頷く。ミシャ公爵家なき今、シュミレ国唯一の公爵家の当主であるショーンは、国王の補佐として立ち会っていた。


「地雷を踏んだな」


 ショーンの言葉通り、彼らは踏んではならない虎の尾を踏んだ。それも思い切り、踏みにじるようにして。身を起こした虎が自慢の尾を踏んだ相手を殴り倒すのは必然だった。


「陛下が、お前の娘を? オレが叩き出した、あの娼婦もどきの痴女を召した、と……そう言うのか!」


 娘がどう報告したとしても、状況を見れば一目瞭然の結果を捻じ曲げようとする言葉。外戚を名乗る不遜さ。すべてを罪に加算しながら、ウィリアムの眦が鋭く釣りあがった。


 下着に近い半裸で部屋に不法侵入して既成事実を作ろうとした痴女を、どう弁護したら『王の外戚』まで引き上げられると考えるのか。それほど国王の権威がないがしろにされた事実は、執政の立場から見過ごすことはできなかった。


「む、娘は清き身を、捧げ…」


「清い? 下着のみのはしたない姿で、深夜に男の部屋を訪ねる不貞の娘を持ったことを恥じるがいい。娼婦以下の行いだぞ」

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