4-16.笑顔で即答するほど

 仮面どころか、ついに被っていた猫まで脱ぎ捨てたウィリアムが、辛辣な言葉でスガロシア子爵のプライドを磨り潰しにかかる。容赦してやる要素が何もない。反省もなく、自己弁護で国王の権威を引き下ろそうとする輩に、手加減など不要だった。


「あの行動は親衛隊の騎士にも目撃されている。しっかり王宮へも報告を上げた。娘は父親の言いつけに従ったと、はっきり言葉にした」


 一度言葉を切る。思わせぶりに笑みを深めた。


「つまり、お前の命令で服を脱いだ。仮にも子爵令嬢として教育された娘が、己の屋敷であるにしても、男の部屋に夜這いに入ったのだ。しかも娘は、このような毒薬を陛下に盛ろうとしたぞ」


 当日、駆け寄った小娘を突き飛ばした際に奪った小瓶を掲げてみせる。茶色の小瓶の中で、色のわからぬ液体が揺れた。


 スガロシア子爵の顔色が変わる。


「そ、それは……毒ではなく、媚薬で」


「ほう? 正体のわからぬ液体を、毒見もなしに主君へ。それも媚薬だと」


 わかっていても腹が立つ。知っている情報でも、愚かな男が零した話に怒りが沸きあがった。


「媚薬の類は危険な薬が多い。さきほど、清き身を捧げたと言ったが、どこの清い娘が媚薬を手に忍び込む。しかも陛下にだぞ? 子供を無理やり手篭めにするなぞ…いまどき、場末の商売女でもやらない――最低の手管てくだだ」


 切り捨てたウィリアムがひとつ息を吐いた。


「オレは陛下の身を護る剣だ。お前の娘を切り捨てても構わぬ立場で、それでも見逃した。親の罪を子に負わせるのは気の毒だからな」


 正確には、親を追い詰めるために子を逃がしたのだ。証人として捕らえ、親に殺されぬよう隔離した。用が済めば、証拠は果ての街へ捨てる予定だが……それはエリヤが知る必要のない話だ。


 一歩踏み出す。膝をついたスガロシア子爵以外は一斉に下がった。さらに近づくウィリアムに、スガロシア子爵が助けを求めるように周囲を見回す。他の貴族は一斉に目を逸らした。


 誰も助けはない。悟った男は、血走った目で近くの騎士の剣を目指して走った。だが親衛隊に所属する騎士が簡単に武器を取られるわけもなく、後ろから近づいたウィリアムが短剣を引き抜く。


「閣下、陛下の御前で」


 血を流すのはどうかと……そんなエイデンの声に、振り返りもしないウィリアムは「許可は得た」と一刀両断した。振り返った玉座では、エリヤが頭から滑り落ちそうな王冠を手で押さえている。視線はウィリアムの背に向けられ、逸らす気配はなかった。


 注意するだけ無駄だとショーンは無視を決め込み、エイデンも諦めたように首を横に振った。


「わ、私は……」


「言い訳は地獄でするがいい」


 ウィリアムの短剣が男の首にかかり、そのまま無造作に引く。だが浅く切られた傷から血が零れても、子爵は生きていた。ヒューと呼吸音が喉から直接漏れる。ごぼごぼと血が泡立つ喉を必死に押さえた。


「ウィル」


 そこでようやくエリヤが動いた。声が聞こえるなり、ウィリアムは振り返って膝をついた。返り血ひとつ浴びない男は、血塗れの短剣と右手を背に回して隠す。


「そろそろ姉上が到着される時間だ。お前も来い」


 血塗れで転がる子爵も、怯えて震える貴族達も無視した発言は、ある意味大物だった。目の前の惨状を気にしない少年に、ウィリアムは少し考え込む。


「どうした?」


「いえ、残りの粛清をどうしようかと」


「ショーンに任せればいい」


「嫌です」


 笑顔で即答。執政の思わぬ本音に、エリヤは大きな溜め息を吐いた。ずるりと落ちそうな王冠を外して手に持ち、まだ膝をついたウィリアムを手招きする。


「ならば預けておけ。俺は姉上を待たせる気はない」


「……そうだな」


 まだフランクな口調が直らないウィリアムは、背後の騎士に渡されたハンカチで丁寧に血を拭って短剣を収めた。目配せされたショーンがひらひらと手を振り、エイデンは苦笑して頷く。彼らの了承を見て取ると、「ご無礼を」とエリヤに近づいて抱き上げた。


 王冠を手の中で遊ぶ子供を連れた物騒な男が消え、エイデンは思わず愚痴をこぼす。


「まったく、血は落ちにくいのにね」


 謁見の間の敷物の心配をする辺り、彼もやはりウィリアムの友人だった。

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