4-14.汚い大人の切り札

 馬車の中で、少年王はご機嫌だった。お気に入りのクッションを抱き締めて鼻歌を歌う。音とリズムが多少ずれていても、それを指摘する無粋な存在はいない。


 ガタン! 大きな振動と音で馬車が揺れる。


「何者だッ!」


「国王陛下の馬車だと知っての襲撃か!!」


 馬車が止まる。言われたとおりカーテンを閉め、背中をクッションに押し付けて寄りかかった。このまま騒動が治まるまで大人しく待っているのが、国王たるエリヤの役目だ。


 間違っても外へ出て戦おうとしたり、逃げたりしてはならない。執政ウィリアムは騎士としても一流だ。今回はエイデンの部隊も駆けつけている。戦力は十分すぎた。


 心配する理由がない。騎士である彼は、誓いの通り勝つのだから。


「早く終わらないかな…」


 呟いて視線を窓へ向けるが、カーテンに遮られて何も見えなかった。ただ、気合の入った男達の怒声や金属のぶつかる音が聞こえる。


 突然、カーテンを破って剣先が飛び込むが……エリヤはひとつ欠伸をしただけ。


 ――命を惜しんだことはない。死ぬよりも孤独が怖かった。だからウィルを隣に置く。いつでも彼が孤独という名の恐怖を払ってくれた。


 ウィルを喪うのは怖い。だが、彼が死ぬときは自分も死ぬのだ。俺を護って守りきれなかった時に、ウィルの命は消える。一緒の道行きならば、それはそれで構わなかった。


「陛下?」


「うん? 終わったか」


 緊張感の薄いウィルの声に応えると、「あと少しお待ちください」とつれない言葉が返ってきた。どうやら剣先が飛び込んだので、心配して声をかけたらしい。ウィルに言われた通り、また椅子に深く腰掛けて待った。


 ウィルが用意した、抱き心地のよいクッションを抱きしめながら。






 街の入り口、細い街道で待ち伏せの兵が剣を抜いた。彼らが潜伏しているのは先刻承知、生え抜きの親衛隊と前線を戦う兵に抜かりはない。すぐに呼応して剣を交えた。


 国王を護るため、馬車を背にして円陣を組む。予定通りの迅速な動きを確認して、ウィリアムは円から飛び出した。遊撃として動くウィリアムの剣が1人、また1人と倒していく。


 左から突き出された剣を跳ね上げ、背後から迫る敵へ切り返す。まるで踊るように優雅な動きながら、剣は敵の血に塗れた。


「ずいぶんと奮発されたな」


「最後の足掻きに余力を残すほど、愚かではなかったということでしょう」


 右から飛んできた矢を叩き落したエイデンが笑う。医師として活躍する姿から想像もできない、返り血にぬれた剣を振るう様は、戦神のようだった。命を救うより、切り捨てる方が様になっている。


 彼は認めたがらないが、医師としての腕より戦場を駆ける方が功績は大きい。多くの敵を斬り伏せてきた剣は赤く染まり、兵も返り血を浴びていた。


 そんな血生臭い戦場で、ウィルは最後の男の首をねる。ここで趨勢すうせいは決した。


 敵が絶えた街道は、真っ赤に染まる。


「陛下…お待たせいたしました」


 馬車の中は声をかけると、ドアを開いて顔を覗かせる。戦っていたとは思えぬほど、ウィリアムは身なりを整えていた。結んだ長い髪が多少ほつれた程度で、返り血の痕はない。


「ご苦労、ウィル。では帰ろう」


「はい」


 そっと身を滑り込ませた執政が、少年王の唇を掠め取る。かすかに触れて離れた感触に、エリヤの指が唇を押さえた。


「ウィル!」


「帰ってから、な」


 続きを強請る子供に、大人の顔でしれっと返して扉を閉める。


「汚い大人だね、君は」


 これも作戦だろう? 咎めるニュアンスのエイデンヘ、ウィリアムは意味ありげに笑みを向ける。だが、肯定も否定もしなかった。それこそが答えだと言わんばかりに、ただ口元を歪めるだけ。

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