第12話 100億円の価値

 僕の心は過去へと思いを馳せる。それは1年前、総資産が100億を超えた時のことだ。


「櫻井です。約束どおり、百億円を手にして返ってまいりました。」

僕は豪邸の玄関のインターホーンで話しかける。


「……。あんた、しつこい人ね。娘との結婚は許さないよ。なに?百億円ぐらいの端金でうちの娘を買えるとでも思っているの?私はね。ただ、百億も持ってない男は問題外と言っただけで、あんたが百億持って来たって、多少マシなだけで、意味はないの。条件を出したつもりはないよ。お断りだから、お帰りください。」


それは僕の憧れの人の母親の冷たい言葉であった。


そう1年前、僕はそんな状態であの奇妙なセールスレディーとその後会うことになるのだ。だからこそ、僕は米倉響子を同じように門前払いすることはできなかったんだ。そして彼女が僕の好意に喜ぶのを見て、僕が彼女にそっと感情移入していたことを誰が知るというのか。


(……。恋ではなくて、その自分と米倉を重ね合わせて、自分と米倉の恋を成就させたい、という屈折した想いか。)


なんということだろうか。こんな気持ちで彼女に僕が接していることを知ったら、米倉は僕をどう思うだろうか?


(……。少なくとも好意的には見てもらえるとは思えないな。)


「おいっ櫻井。なに考え込んでいる。お前が達観している理由、俺は話してもらえないのか?」

と立山が話しかける。


「あ、ああ。そうだな?いつかは話すよ。……。一言で言えば、俺が列車に乗ったわけかな?」

と僕はやや虚ろ気味に答える。


「ちょうど一年前、お前はやけに雰囲気が変わったな。それまでも達観していた感じだが、そのあとは、なんというか。表情のない仏像のような顔を時々してた。悟りきったというか。魂がこもってない仏像。変なたとえだが、それがその時の俺の思ったことだ。心配している。死ぬなよ?」

立山が僕の顔を覗き込む。


「1年前に戻りたい理由は米倉だけ?なのか?」

と立山が聞く。相変わらず勘がいい。


その通りさ、1年前に戻ったら、僕は百億円の話なんて長年恋い焦がれていた彼女の母親にしなければいいと思っているのさ。それは名実共に出入り禁止にそれでなった。ということがあまりに辛かったから。

たとえ、そこにもう2度と訪れることがないとしても、だ。


気持ちの問題だが、あと1度だけはあそこにいける、と思えるのと2度と行くことができない、というのはかなり違う。こんなこと、立山に言ったら、笑われるのだろうが。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

金色のタイムマシン  青姫そよか @aoi7000

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ