オタクっぽくないオタクの映画の感想の午後

阿房饅頭

オタクっぽくないオタクの映画の感想の午後

 あるお昼前のある噴水広場の前。前野理沙という少女と僕はばったり出会った。

 恋人というわけじゃない。ただ、駅前でばったり出会った同じ高校の漫研の女の子。

 黒いツインテに前髪を髪留めで止めたいつもの髪型。

 しかし、今日は制服ではなく、ジャンパースカートにネイビーニットのセーターを着た彼女は割と秋の装いといったところだろうか。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 あった場所があまりよろしくないのだ。

 この町最大の電気屋の前。ショッピングモールや映画館も併設されたこの場所である。


「ここでアンタとは会いたくなかったわ。この典型的オタク、金岡直樹」


 彼女の恰好は割と普通に見れる格好。

 対して、僕の場合は適当なネルシャツにインナーもなんか適当なブランドのTシャツにデニムパンツ。髪もまあ、そこそこセットしているものの、どうももっさりしている感じのするパッとしない男子高校生。

 対照的なダッサイ感じの格好でオタクに見られやすい。

 彼女は服のセンスに関しては問題のない感覚を意識して、お洒落をする。

 僕は服のセンスに関してはあまり頓着しない。


「僕もだな」


 理沙は俺の敵である。

 彼女は見た目は普通のファッションを着こなし、趣味は割と濃い腐女子。わりとアニ●イトに行ってはそういう同人誌が欲しいと騒いでいるヤツ。

 カップリングがどうとか、そんなのもうるさい女子だった。

 逆に僕はポケモヌが好きだったり、少年ジャンボが好きだったりする。あとはラノベやなろう系を嗜む程度のライトオタク。マイ●ラもやるが、友達とP●4でやるくらいなだけ。

 見た目と中身のオタクレベルが逆転しているのが、彼女と僕の違い。

 今日そんな二人がばったり会うというのもあまりあり得ないことだったと思いたいが、日曜日の人の集まる場所。

 かつ、今日はある映画の初日であるがゆえに出会う確率があったというのを僕は考えていなかった。

 

「今日は、『アルドーンヒーローズ』の初日。ぬかったわ」


 僕も同じだよと正直言いたかったが、先に言われては仕方ない。

 ジャンボの人気漫画、アルドーン(という主人公がある日、力に目覚めてヒーロー星の養成校で仲間たちと強くなっていく王道ストーリーの映画の初日講演。

 二人とも見に来る可能性はあった。

 片方はアルドーンたちとの絡みあいを想像しに、片方は普通に見に来るがそこに出てくるヒロインのミリィちゃんを見に来るために。

 日取りを変えるか、時間を変えるなりをしたかったわけだが、もう席は取ってしまっていて、変えることはできなさそうだった。

 理沙も同じようなことだったらしく、苦々しく口元をゆがめているのがよくわかった。

 

「何で見に来ているのよ」

「それはこっちのセリフだよ」

「だって、キンティ君がかっこいいし、アドル先生とのぶつかり合いとかもう」

 うにょうにょと動く彼女の顔は妄想にまみれており、残念腐女子という名前を体で表している。


「ルックスはいいのに。だから、モテないんだよな」

「何か言ったのはこの口か? この口か?」

「いひゃいいひゃい」


 口を理沙に引っ張られ、僕は痛い目にあう。

 ま、大体これが漫研でも繰り広げられて、気づけば恋人などと言われることもあるわけだが断じてそんなことはない。

 高校以外ではほとんどあったことはないし、割とこんな口げんかのようなものが続いているだけの喧嘩友達? のようなものだ。

 趣味だって、対立している。好きなものがたまにかち合うと毎回趣味に関する口論のようなものが発生するわけだ。

 だから、今日も会うことはないだろうと思いながら、前売り券を買ったところだが、失敗したわけだ。


「もういいわ。今日はもうお互い他人同士、別のところで座るはずだから。ほら、チケット見せなさいよ」

「そうだ、な?」


 お互い凍り付くしかなかった。

 

「あんたと席が」

「僕と隣同士とか、あり得ない」



***


 正直最低だった。

 映画のスクリーンが見える丁度いい真ん中から後ろの場所をとれたと喜んでいたら、隣は不倶戴天の敵、呉越同舟な前野理沙というのだ。

 それはあっちも同じで一緒に仕方なく映画館に入ると席にはいっぱいの人がいて、僕たちのいる二つの席だけがぽつんと人の海の孤島のように空いている。

 

「こっち見るなよ」

 僕はまずその一言の牽制をかける。

「それはこっちのセリフ」

 理沙も一瞬だけガンを飛ばすような仕草をして僕を牽制してくる。

 最悪な始まりだった。

 映画のCMが始まり、英語泥棒の踊りが見られる。そんなことはどうでもいいが、映画の内容自体には期待しているのだ。早く始まってほしい。

 ただ、横で涎をじゅるじゅるたらして、目をキラキラしている腐女子がいなければ、もっと最高だったのだ。

 そして、話は始まる。

 

 主人公の安藤英人あんどうひでと(ヒーロ名:アルドーン)がヒーロー養成校に通うところから始まり、ミリィちゃんとの恋愛の会話。

 胸躍る戦い。

 それに僕は気持ちよさを感じていたのだが、隣はやばかった。

 

「ああ、あの二人の戦いはだめよ。あそこはああしてこうして、絡みあうの。愛、とても激しい心の戦いの中で友情から愛情へと進むのよ。すごい。ああ、これが最高の戦いよ」


 気持ち悪い。

 目がイキかけというか、怖い顔をしていて不気味でござる。変でござる。しかし、それはある意味で僕のポジションのような気がして、何か悔しい気がするのは駄目だろうか。

 だが、ふっとその顔が呆けたような顔になる。

 アルドーンが敵をライバルを倒す。それは激闘の中、いつ死ぬかわからない息の詰まる戦闘。言葉と言葉のぶつかり合い。

 その時だけは彼女は言葉をなくした。

 僕はスクリーンを見ながらも彼女の一生懸命見る姿を見て、何故か綺麗だと感じた。

 その息遣い、真剣にスクリーンを見つめる姿。それは僕も変わらないのだと。同じ作品を愛し、それに同じ感情を持っている。

 彼女のことを横目に見ながら、そのクライマックスのシーンをじっと見つめる。


「僕らは最後までヒーローを諦めない。たとえ、そのやり方が変わっても僕らはヒーローであることを諦めない!」

 

 彼はそう力強く答えた。何故か、その言葉は僕の頭に残った。

 作画は悪くない。きちんとエフェクトを使って、アルドーンの姿をきちんと捉えて、いかにピンチの中で弱かろうとも強く生きようとする意志を示そうとしている。

 ふと、彼女の姿は僕の視界から消えてスクリーンへと収められて、エンディングを迎える。

 理沙は泣いていた。

 僕も泣いていた。

 同じように彼の姿を見て、何かを感じた。

 一生懸命な姿を見て、僕らの何かを揺さぶった。

 ふと、彼女の前にティッシュを差し出す。

 

「ほら。やるから、それで涙ふけ。後、鼻水も溜まっているだろ」

「うっさいなあ。何かあんたのおかげでテンション下がっちゃったじゃない」

 と憎まれ口をたたきつつ、理沙は僕の差し出したテイッシュを素直に受け取り、涙を拭いて、チーンと鼻をかんだ。

 

 とりあえず、何だか変な気分になったのでEDが終わったらそそくさと映画館を出て、近くのチェーン店の喫茶店に潜り込む。

 適当にサンドイッチを頼み、遅いお昼ご飯を食べ始める。

 二人とも無言でついばみながら、何となく言葉は交わさない。

 でも、耐えきれず、僕は言葉を発した。

 

「面白かったか」

「うん……。何かもう、先生の辛味とか最高だった。もう、あの新キャラとの絡みとか確実に何杯かご飯はイケルね。あと、その他にも」

「アルドーンはどうだった? 最終決戦」


「僕らは最後までヒーローを諦めない。たとえ、そのやり方が変わっても僕らはヒーローであることを諦めない――だっけ。あれが印象に残った」

「そう、なんだ」


 何故だろうか。彼女がコーヒーを飲み、ガチガチに決めたノーマルファッションが揺らめいて、気弱な女の子の姿が見えた。

 それはオタクであることに何かを感じていることを。

 

「僕はさ、オタクってよりもライトオタクだ。でも、アレに関しては割と行けるだから。少しだけ話さない?」

「そうね。ちなみに私の恰好でどう思う?」

「まあ、いいと思う。オタクには腐女子には見えないね」

「そう。私は中学生の頃はこんなのじゃなかった。普通にもっさりした文学少女みたいな感じで絵を描いたり、ちょっとだけ腐女子だったんだけど、あのアルドーンヒーローズをみて、変わった」


 僕もライトオタクだったけど、あの話だけは好きだと思って、気づけばもう少し踏み込んだオタクになっていた。

 彼女よりは程度が低いとは思うけど。

 

「そうしたら、馬鹿にされて、高校に上がったら何か綺麗にして、高校生デビューをした。しかも、漫研に入って、腐女子宣言をした」

「そして、うまくいった。それで」

「ま、あんたとは喧嘩ばかりだけど」

「楽しくはなかったな」

 僕はサンドイッチを食べきっていたので、コーヒーを飲む。

 

「それでも、何かね。金岡だけは私にぶつかってきた。ドン引きせずに、飾らない私を見ていたような気がして」

「こっちはまあ、ストレス解消にはなったかな。中途半端なオタクになった自分とガチのリア充みたいな腐女子と言ってさ」

「ありがと」

 頬を赤らめながらぼそぼそという理沙。

 僕は聞かないふりをした。


「えーなんだって」

「うっさい、黙れバーカ!」


 そんな午後は何となく、オタクっぽくないけど、何だか楽しい午後だった。



 

 

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