第2話 曇りの日の純粋と不純
行き先を間違えた情熱に帰る家は無い。
ほろほろと今日も夢の中を歩いているような気分で生きている。何かが決定的に間違っているという感覚を常に抱きながらそれでも不純を否定する。不純は楽で、不純は楽しく、不純は自由なのだ。だからこそ混じり気のない純粋を求めるんじゃないのか。果汁100%が尊いのは純粋に純粋だからで、ただ単に美味しいからではないのだ。そしてこの世に真の純粋なんてものはきっとなくて、だから純粋は奇跡だった。数多くの人の純粋の概念に怒られるような私の神経質な真理、それこそが純粋な純粋という観念なのだと、私はやはり何度でも思っている。純粋に近付こうとする人は多いけれど、本当の純粋は完成とは違うもので、純粋になったような気になっている人達の完成はどうにも不純だった。そして不純は完成しやすく、完成と思ったところが――定められたゴールこそが、人為的な結末こそが――完成であり、純粋とはその先にあるもの、つまり完成の向こう側、つまり完結である。完結こそが純粋であり、純粋とはつまるところ完全なる死だった。肉体的精神的社会的死こそが唯一の純粋であり、それこそが純粋を求める人の行き着くところである。死に向かって生を研ぎ澄ます行為は、とても純粋だよ。
風が吹いていて、雨が降っている。空は濃いグレーの雲に覆われていて、そう、こういうときは気分が滅入る。こんな天気の日には鬱々とした気分になるものだ、という定説はある程度科学で証明できるのだ、というネットの記事を読んだ私は、それは本当のことの一部でしかないんではないかと懐疑的であった。気圧が云々、湿度がどうこういうのは確かに正しいことのように思われるけれど、もっと単純に「雨が降ると外に出られないから」が大きいのではないかと私なんかは思ったりして、昔話に入る。
私は幼少の折からひとりであった。一人を好んでいたわけではなく、ただ単にひとりだった。親にあてがわれた部屋で、大抵はゲームをして過ごした。それはもう大変な数のゲームをした。空想と現実の区別がつかなくなるくらいに……と言うと恣意的かもしれないので「空想と現実の区別はつきました」と言っておかなければならないけれど、とにかく学校の無い時間のほとんどはゲームをして過ごしたものだった、という事実があれば今はオッケー!
そうしてもちろん晴れの日も曇りの日も、腫れぼったい顔をして暗い部屋でゲームを続けていると、天気に関係なく自己が空気中に溶け出していくような、自我が不安定に振動を始め大きな揺動となって頭の中でうねり拡散してしまうような不安を覚えることになるわけです。その正体は今もってよくわからないけれども、結局は私の空想的な思考が仇となって自己を苛んだのではないかと思っています。ゲームをやりながら頭の中で考えていることと言えば、
「今、友達は何をしているのかなあ」という、実にありきたりなもの。
私は「友達」というものを極度に恐れ、克服すべき存在、あるいは征服すべき存在として考えていたわけです。友達というのは紛れもなく他人であり、他人であるからには信用してはならず、出し抜き、追い越し、踏み台にして足蹴にしなければこの弱肉強食の世界では生きていかれないと思っていました。私がそんな暴力的思想を抱いていた原因は、おそらく歳の離れた姉にあるかと思われるのですが、自分の魂思考性向なんてものは現実に物体物質としてあるわけでもなし、ただ主観的にみつめるより他ないものでございますから、真実なんて――あるいは純粋として――あるはずもないし、片時の真実は、時間の経過と共に惑星の昼と夜のように入れ替わるものであると私は頑迷に信じておりますゆえ、だからこそ信用のならない人間という存在を、子供ながらに遠ざけたいとも思っていたのです。もちろん、胸が張り裂けそうな孤独と共に。
その時の空想の中のお友達達は、至って楽しそうにしております。それもまず九割九部、笑いさざめき、大勢できゃっきゃと騒いでいます。私は空想の友達に憧れ、空想の友達に嫉妬し、空想の友達を妬み嫉み、ひとりで大変なフェスティバルを演じていたのです。空想の中で。
考えるのをやめればよかったのに……とおっしゃる方がおらっしゃるかもしませんが、それがやめられたら苦労はしなかったのです。手と目ではゲームを続けながら、頭の中で世を呪い、自分はきっとこのまま誰とも親しくならず死んでいくに違いないと考えていました。
たった一人のまま死んでいくのだと。
ゲームだけが友達で、ゲームだけがやりたいことのまま。
恋人もできず。
旅行にも行けず。
外国なんてもっての他で。
日本の見捨てられた片田舎で。
こうしてゲームに埋没して死んで逝くのだと思うようになりました。
この気持ちはきっと、引きこもりと呼ばれる人々の気持ちにかなり近いのではないかと思いますし、そうでなくとも、他者とのコミュニケーションに自信がない若者が抱きがちな思想ではあると思います。私の悪いところは、その根暗卑屈な圧倒的ルサンチマンを、小学生の頃には体得してしまっていたところでございました。
そうして私は結局のところ、馬鹿丸出しではございますが、純粋になろうと考えたのです。
ゲームだけして生きてゆこう……と。馬鹿です。
天気の悪い日に、じめじめした部屋の中でゲームをしていると脳が死んだような感じになって、ゲームを続けられなくなり、吐き気と不安が同時にやってきて死にたくなってくることがありますが、それこそがまさしく「純粋」に近づいた結果なのだと私は思います。
本当は、そのまま純粋目指して頑張り続けるべきなのです。
体調不良、かつ精神不良と共に、すぐに現実に帰ってきてしまい、「ゲームなんてやってる場合じゃないのに……」と考えてしまうこのひ弱メンタルこそが本格的な「不純」でありました。純粋とは死に近づくことであり、未来を考えないことであり、ノーフューチャーです。ノーフューチャーの本質は「今だけだ」ということなのです。
ノーフューチャーに明日はありません。
ノーフューチャーに未来は無いからです。
ノーフューチャーはつまり、今を全力で生きるということです。
そういうポジテブな意味が、あるんです。
あなたは今、ノーフューチャーですか?
それとも未来を建設しているのかな。
と、良いことを書きつつ、空想のデメリットである「現実に戻ってきてしまう」について考えを進めるけれども、リミッターが働いてしまう、という状況は生命=不純にとっては好都合です。バランスを欠いた生活、精神状態を続けることによってリミッター=不純=不安がよぎるわけですから、そのリミッターを意図的に外すことができればより純粋に近づくことができるはずです。純粋っていうのは、まあ何度も書きますが、死ぃなんですけれども。うふふ。
純粋でいたいと願う時はすなわち、救われたい時です。
迷いたくないときです。
死は単純明快で、明るく、真っ白な完結です。迷うこともなく、信じることもない。未来もなく、もちろん今もない。そんな状況こそが純粋です。そして純粋とは、奇跡でもありましたね。純粋を願う時、死と奇跡を人は願います。だから、絶対に叶うことがないんです。近づくことはあるかもしれないけれど、頭が良い人ほど、やはり現実に戻ってきてしまうでしょう。それでも頭がよくて、かつ「頭のネジが外れている人」こそが、純粋により近づけるのだと、あたしなんかは思ったりするわけ。
曇った日に、ゲームをしつつ純粋を願った私は、生活や学校や勉強や仕事などにいつしか背中を追われるようになり、平凡な悲劇の中に埋没し、それで安穏としていたのですが、やれやれ、22歳の頃に、その生活は粉微塵に打ち砕かれ、今度こそ真正面から純粋に近づかなければならない時が来ます。
その話をするのはいつになるかしら。近い内に、書いておきたい。
そう、こんな迷妄惑乱な文章を書いているのにはわけがあって、これが本当に私のやりたいことで、これができたらもう、悔いはないと思っているからなのです。
純粋とは死であり、奇跡ですから。
そういうことをずっと祈ってきたわけで、時間は刻一刻と過ぎていくのです。
だから今こうして書いていても、不安は一つもない。
過去のゲーム三昧から学んだことは、ゲームを信じる力が私になかった、ということではなく、ゲームを捨てたのは私だから、そこに未練を感じるのは卑怯だ、というある種の義務感だったのです。
人には手が二本しかないから、つかめるものはひとつか、ふたつ。
たくさんのものの中から何を選ぶのかって、ずっと考えてきたし、そのたびにたくさん涙を流して「もっと力を……力をくれ!!!!!」と祈ってきたけれど、ハッ、ハハアハーーーー!! 力なんて、本当はいらなかったんじゃないかと思います。
愛がなければ。
愛がなければ、この世の中の全ての不純を許せるくらいの愛がなければ。
生きてても、楽しくないのですよ。
怒声の中でほのかに笑いながらソフトクリームを食べていたい 十代目鮭場小桜 @juudaime
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