第2話『未来視の占い師』後半
『未来視の占い師』【後編】
著・華也(カヤ)
「…そんな…こんな事ってある…の…」
さっきまで暗い場所に居たから、月明かりですらまだ目が慣れない。
いいやこれは違う。勘違いだ。
なんかの影がそう見えているだけだ。
次第に月の明かりにも目は慣れていく。
目の前の光景が鮮明になっていく。
恐怖はない。寧ろ興奮している…のか?いや、やっぱ怖い。
でも、この私が見ているのは本当なのか?
それだけが信じられなくて、立ち尽くしている。
そんな事を知ってか知らずか路地の奥にいる人は声を発した
「何をしているの?ほら、こっちへ来なさいな」
声が…声が何人もの重なったような変な声をしている。男か女かもわからない。
初老の男性の声をしてるかと思ったら、次は若い女性の声に変わる。
もうわけがわからない。
脳の処理速度が追いつかない。
そんな立ち尽くしている私にまた問いかける
「怖がらなくていいよ。一応無害だから」
そう優しい声で言っている。言っているだけで、男とも女とも取れない声で言われても、怖いよ!
無害ってなに?一応って言ってるけど、一応ってなんだ!?
有害になる時があるって事?
いやいや、怖いよ。
…でも、私の追い求めた答えが目の前にあるんだ。
行かないと。確かめないと。
本当に占い師は居たんだ。
一歩ずつ噛み締めながら近づく。
どんな格好をしているのか?どんな道具がテーブルに置いてあるのか、少しずつだけど見えてきた。
テーブルには、さっきまでの通路の闇を連想させるような、光を全て吸収してしまいそうな黒い敷物。
真っ黒の敷物の上にはベタに水晶玉が置いてある。
ソフトボールの玉よりも少しだけ大きいとても綺麗な水晶玉。
そして、黒のローブ?を着ているというか、被っている。
フードを深く被っているので、顔は全く見えない。
口元が見えるかなと思ったけど、月の光により、フードの影を強くしてしまっていて、やっぱりなにも見えない。
でも、確実だ。確信した。
まだ未来が見えるかは確認できてないけど、本当に居たんだ。
都市伝説は本当だったんだ。
確かに私の目の前に居るのは、占い師その人だった。
───────
占い師の目の前に立った。
「………」
「………」
お互い沈黙が続く。
なにから切り出していいかわからない。
一番聞かなくては、確認しなくてはいけない事、それがまだ現実離れしている目の前の光景でかき消される。
「…随分と久々に来たお客さんだ」
先に切り出したのは、占い師の方だった。
声は混ざり合って、やっぱり性別年齢が不明だ。
でも、どこか優しく問いかけているようにも聞こえて、ようやく口が開く
「…あ…あなたが…噂の未来が見える…未来を占ってくれる占い師…ですか?」
声を精一杯絞り出した。変に裏返って震え声になってしまった。情けない。
今まで何回もロケはしたじゃない。
知らない人にも取材という名目で、いろいろ質問をぶつけたり、心霊スポットに行って、怖い思いしたりしたのに。
そんな時でさえ、Twitterの自称オカルト研究家の肩書きに恥じないくらい踏み込んでロケしたじゃない。
もう、ロケを取材と呼ぶことさえも忘れて、何も他は聞けなくてもいいから、唯一確認したいことを捻り出した。
そんな震え声の私に対して、占い師は少し笑いを含んだ声で言ってきた
「そうだね。お嬢ちゃんが探している、噂の未来が見える、未来を占ってあげる占い師は私のことだと思うよ」
月明かりに照らされている占い師の影は微動だにしない。
オカルト。都市伝説。
そんなのは殆どが作り物だとなんとなく気付いていた。
陰謀論なんて、どんなことでも陰謀に出来る。
どこかロマンを追っているようで、嘘の真実を確認したかった自分がいる事に、気づかないふりをしていたのかもしれない。
スマホなんてもう前に向けてない。
懐中電灯も前を照らさず、足元だけを照らしている。だって、トウちゃんの手を引くので使用していたから当然だ。
スマホは、前に向けられないくらい、身体が矛盾しているけど、脱力していて上に上がらず硬直している。
後ろに半分寝ていたトウちゃんの手を引いていた事ですら、今思い出したくらいだ。
そうだ。トウちゃんを起こさないと。
でも、起こすための言葉が喉から出ない。
精一杯の力で首だけを後ろにやると、完全に私の頭の上に顎を乗せる形で体を預けて寝てしまっている。
普段なら、その寝方はチビの私に結構失礼な形なので、デコピンを返すところだけれど、そんな気力が起きない。
「…あ…ト…トウちゃ…」
声を絞り出して起こそうと試みようとした時
「やめておきなさい。その子はここでは起きないよ。お嬢ちゃんは気づいているんじゃないのかな?ここは、空間が、時間が止まっているんだよ。その子はここに入る前に寝てしまっていた。その状態で踏み入れてしまった。だから、どんなことをしても起きないよ。その子の時間は止まっているんだよ。勿論、死んでるわけではないから安心しなさい」
背の大きい成人済みのトウちゃんを"その子"扱いするという事は、この占い師はやはり老人なのだろうか?
声はやはり老若男女混ざっていて、声だけでは確認できない。
でも、話し方で私達よりも大人なのはわかる。
とても落ち着いている喋り方。
使う言葉も丁寧でゆっくり語りかけるように話す。
そんな事を考えられる程には、私の思考の緊張は解かれていた。
さっき、占い師はこの空間は、時間は止まっていると言った。
そんな超常現象…。いやでも、その超常現象的な都市伝説を目の前にしてしまっているから、もう何が何だか…。
何が正しくて、何が間違っているのかわからない。
でも、私の感じた感覚は間違ってなかった。
まだ腕は上がらないので、スマホの時間を確認はできない。
でも、私もこの月明かりに照らされた少しだけ開けている路地が異質なのは肌で本能で感じていた。
時間は止まっているのだろう。確認できないけど。
でも頭だけは頑張って情報処理をしている。
聞かないと。確かめないと。
何のためにここに来たの?
今目の前に、私が望んでいた非日常がある。確かめないと。聞かないと。
口は動きそうだった。脳が精一杯の処理をした言葉の電気信号が脳から喉へ口へと伝達された
「私の…私の未来を占ってもらえませんか?」
言えた。
今回の目的であった、出会ったら聞くと決めていた言葉を出せた。
これで私の未来を占ってくれる。教えてくれる。私の目的は達成される。
そんな興奮からか、少しだけ呼吸の間隔が短くなっていた。
そんな非日常への返答の期待と、初めてオカルトに興味を持つキッカケの番組を見ていた時のような興奮と夢に溢れた眼差しを向けていた対象の占い師が、望んでいない言葉を吐いた
「悪いねお嬢ちゃん…。私はね、私はもう未来は見えないんだよ」
───────
「もう未来は見えない」
そう告げた私が探し求めてた占い師その人。
なんで?ようやく辿り着けたのに。オカルトの真実を解き明かしたと思ったのに、なんで…。
汗をかいた手のひらを握りしめて、問いを投げかける。体を預けてるトウちゃんの重みが少し増した気がする。
「な…なんで見えなくなったんですか?」
本当は既に私の未来を占ってもらっているであろう時間が過ぎている。
だけど、もう目の前にいるのは、未来の見える占い師ではなく、普通の占い師ということになる。
そして、その普通の占い師は大きく息を吸い、今までのこと、今日までの日々を淡々と語ってくれた。
「…なんでかね。突然だったんだよ。人の未来が見えるようになったのも、見えなくなったのも。そう、突然だった。もう潮時だと思ってはいたんだよ。でも、私自身の日常はここにあって、人を占うということをやめることはできなかった。最初はよくわからなかった。
16歳の時に事故に遭ってね。
生死を彷徨っている時に、目覚めたっていうのかね。
人のことを見ると、その人が送るであろう一生が見えてしまったんだよ」
よくある話。
一度死にかけて、奇跡の生還を果たした後に、不思議な力に目覚めるという。
あるミュージシャンは、生還したあと、恐ろしいほどに作曲ができるようになり、ヒットソングを量産したり、お笑い芸人は、そのあとブレイクしたり、声優、俳優も然り。
例によって、よくあるのが、霊能力に目覚めるという記事をよく読んだ。
一度、彼岸の世界に踏み入り、戻ってくると、所謂"あの世"に触れて帰ってくることになる。
必然的にそういう能力に目覚めるきっかけになり得るのかもしれない。
いや、元々人間に備わっている力の1つで、生死の境をさまようという条件を満たした時のみ、発揮されるのかもしれない。
そんな持論を脳内で回していると、占い師は知ってか知らずか、続きを口に出す
「最初はこれがなんなのかわからなかったんだ。だけど、最初に気付いた時は、あれは友人の死だった。
私には人の未来がその人の頭の上にビジョンとして見えるようだった。
さながら、頭の上にモニターが設置されていて、私が見ると上映が始まる。
その人の今後起きるであろう未来が。
それは決して良い未来ではなかった。
私が見た友人の未来のビジョンは、交通事故で亡くなるというものだった。
だけど、当時私は、何かの気のせいだろうと思って、その友人に何も言ってあげられなかった。
結果、友人は私が見た未来通りに、車の事故で亡くなってしまった。
これをきっかけで、私は自分の見えるものが、その人の今後を映している"未来"だと確信した。
何度か実験をしたんだ。
自分の力がどの程度の範囲まで影響を与えるのか。
私は見えた未来に対して、その未来を回避するように誘導してみた。
結果は私が見た未来は回避された。
私の見ている未来は、これから起きることが予見されて見えているだけ。
その見えていることと違う事をすれば、悪い事から回避できる事を知った。
でも、それをどう人に伝えていいのかわからなかった。
勿論、伝えたこともあった。
でも、そんな事を信じる人はいなく、私は変人扱いをされ、事故のせいで、脳に障害を負ったのでは?と親に精神科に連れて行かれる始末だった。
悲しかったよ私は。
人の役に立つ事をしようとしたのに、精神異常だと言われ、精神病棟に入れられてしまったのだから。
確かに事故からこの謎の未来視を手に入れた。脳の異常かもしれない。
でも、これは人の役に立てられる。
そう思っても、医者は精神異常を訴えるばかり。親や兄妹にも白い目で見られ、薬を投与され、カウンセリングの日々。
そんな中でも、カウンセリングしてくれるカウンセラーの未来、医者の未来は見えていたんだ。
私の未来視は、その人の生が尽きる日までを見ることができた。
親の死のビジョンも見た。
なんてことのない普通の死。老衰。
私はここにいても何も変わらない。何もできないと考え、病棟を抜け出した。
親類とも縁を切り、一人で生きていく決意をした。
この未来が見える力、何か使えないか?
人の役に立つための何か。
そう考えて、夜の街をふらついてたら、見つけたんだよ。
この辺りは昔はそういうブームもあってか賑わっていたからね。
ここの繁華街は、夜になると占い師で溢れかえっていたんだ。
ここから、私はお嬢ちゃんの言うところの、未来視の占い師が誕生したということなんだ」
聞きたいことは山ほどある。
でも、口が重い。言葉が出にくい。
占い師の今まで、つまり過去話を一方的に聞かされる。
未来を聞きに来たのに、過去の話ばかり。なんなんだこの状況。
占い師の言葉は頭に入ってくるが、どこかお酒を飲んだように、頭がボーッとし始めていた。
「私はね、この力でいろんな人の未来を占ってきた。
いや、占ってないね。視てきた。
それをその人が望むように助言をしただけなんだ。
あまりにも多いと、その人の人生を壊しかねないから、1つだけという条件でやってたんだ。
噂は噂を呼び、私は都市伝説扱いされるほど有名になっていった。
それでも、"ある事"で私は何十年も占い師をやってこれた。
それが唐突に3年前くらいかね。
視えなくなってしまったんだ。
私の未来視の力の欠点は、自分の未来が見えない事。
鏡で自分の姿を見ても、私の頭の上にモニターは、いつも砂嵐。
つまりは、自分自身の未来はわからないということだったんだ。
そして、迎えた未来が視えなくなった日から、私はただの占い師になった。
いや、元々占い師なんて大層な技術も知識もなかった。
ただ、お客は時々来ていた。
未来を占って欲しいと。
私は困った。今までは視えていた事に対して、お客さんの願いを聞き、それに対する一番良い選択肢を与えてただけだった。
でも、そこで初めて気付かされたことがあったんだ。
その人の未来は、その人によっていくらでも変えられるのだと。
私が助言してもしなくても、その人の意思の強さで、未来はいくらでも開けるのだと。
私はそこで初めて、未来視ではなく、こうした方がいいかもよと、なんの根拠もない事を言ってしまった。
でも、これがある意味真理に一番近いのかもしれない。
己を変えられるのは己のみ。
己の行動が、その先の未来を作り出し、形成していく。
私の未来視は完璧ではなかった。
あくまで、現在から導き出される未来を見ていただけで、その人の意思で、右に行くか、左に行くかで結果は変わるのだと。
私の未来視の占い師は、あくまでポジティブな事にしか答えなかった。
それは、結果としてその人の背中を押してあげるだけで、あとはその人本来の力によって導き出される未来なのだと。
私は未来が視えなくなった。
世間が騒いだ"未来視の占い師"は廃業したってわけ。
なんで急に視れなくなったのかは、私にもわからないさ。
でも、ここが引き際だと、そう言ってくれているのかもしれない。
私には私の人生がある。
自分自身の未来を生きなさいという、天からのお導きなのかもね」
「さてと」という元未来視の占い師の言葉と同時に、膠着してきた右手がビクンと反応した。
「最後に話せて楽しかったよ。
私はお嬢ちゃんと話すために、まだここに居座り続けてたのかもしれないね。
でも、もうここに来ることはない。
私は私の人生を生きるよ。
お嬢ちゃん、未来は人に決められたり、占われたりするものではないよ。
自分で切り開いて行くものだよ。
それじゃあね。最後にこれを」
そう言うと、私の右手の手のひらをそっと開き、色鮮やかに輝くビー玉を手のひらにしまい込んだ。
「お嬢ちゃんと後ろのお友達の未来が、このビー玉のように色鮮やかであるように」
私の手に添えられた元未来視の占い師の手は、決して老人の手とは思えないくらい綺麗だった。
もしかしたら、まだ若いのかもしれない。
ようやく口が開き、残った疑問の言葉を吐いた
「…そ…その…水晶…玉…は…なに?…」
占い師は笑いながら
「ハハハ。これはね、ただの飾り」
これがある方が占い師っぽいでしょ?とあどけなさが残るような笑い方をして最後に
「1つお嬢ちゃんに言い忘れてたことがある。
私が未来が視える占い師という、現実離れした存在だったのに、都市伝説程度に収まっていた理由はね、未来視ともう一つ、特殊な力が事故後に備わっていたからだよ。
それはね、人の記憶を消す事。
この場所、私という存在を、毎度占った後で記憶を消していたんだよ。
奇跡的に私の記憶が微かに残って、尾ひれに尾ひれが付いて、"未来視の占い師"というのが生まれたんだろうね。
だから、さようなら。
私の最後のお客さん」
───────
「おーい。起きろー」
微かに聞こえる聞き慣れた声。
トウちゃんの声だ。
頭がまだボーッとする中で、今何時?ここどこ?とトウちゃんに問うと
「うん?今はー…2:40だね。ここはって…路地抜けて来たところだけど」
…?あれ?なんでもう路地抜けてるの?
さっき入ったばかりじゃないの?
「いや、あんたが入って15分くらいで寝そうだったから、おんぶしてテキトーに歩いて、結局何もなくて出てきたんだよ」
あれ?寝てたのはトウちゃんで、私に寄りかかってなかったっけ?
「私は路地に入るまでは眠かったけど、そのあとは普通に起きてたよ。一番楽しみにしてたあんたが寝落ちしてどうするのさ」
……記憶が朧気だ。
寝ていたのに、夢を見てた?のかな。
なんかリアリティがあるようでないような夢を…。
「なんか広い路地に出なかった?なんか人と会わなかった?」
夢なのかどうか確認するためにトウちゃんに尋ねる
「いや、狭い路地ばっかだったよ。人?なんか酔っ払いとホームレスっぽい人はいたかな」
そう、としか返せなかった。
「結局、噂は噂だったね。終電も無くなったし、始発までカラオケで時間潰そうよ!」
ロケに行くって時より、少しテンション高い。
そんなにカラオケの方がいいのか。
でも…路地の奥の奥で、誰かと会ったような気がする。
私が求めていた非日常を目の前にした気がする。
でも、何も証拠はない。
夢だったのかな?この朧気な感じ。
───────
近くのカラオケ館の場所をスマホで検索して、モヤモヤした気持ちのままの私の手を引き歩き始めるトウちゃん。
急ぎ早にカラ館に向かう。
機嫌が良いトウちゃん。
そんなに歌いたいのか?
まあ、私もトウちゃんもカラオケ好きだからいいんだけど、このモヤモヤなあ。
結局、都市伝説は都市伝説のまま、何にも証拠を掴めずに終わってしまった。
"未来視の占い師"は都市伝説のまま、これからも私のようなオカルト好きに語り継がれていくのだろう。
そう思ってる間に、カラ館に着き、トウちゃんが会員証出してと言ってきた。
会員証は私しか持ってないから、財布をカバンから取り出す。
その時、カバンの中に光る何かを見つけた。
色鮮やかに輝くビー玉が入っていた。
───────
私は秋月秋子。
女子としてはどうなの?と言われてしまう趣味を持っている。
自称オカルト研究家。
これからも、私のオカルト探求は終わらない。
きっと、未来永劫ネタに困ることは無いと思う。
だから、私はまたオカルト探求を続けて行くのだろう。
日常の中に隠れている、非日常を感じるために。
END
秋月秋子のオカルト探求シリーズ 華也(カヤ) @kaya_666
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