来客

「はい、コーヒー」


「ありがと、しーくんコーヒーとか淹れるようになったんだね、大きくなったなぁ」


 なんか姉がコーヒー飲みながらしみじみとおばあちゃんみたいなこと言ってる。昔よりも少し元気な気がする。からげんきなのか行方不明のあいだになにか心の変化があったのか。


「背も伸びたね!前は私と同じくらいだったのに」


「まぁもうすぐ高校生だからな...まあそんなことはどうでもいいんだよ、いったい2年半もどこ行ってたの?誘拐?」


 うーん、と少し唸ってから話し始めた。


「それがね、覚えてないんだよね...今まで何してたか。学校に行ったところまでは覚えてるんだけどね...気が付いたら学校にいて、でもなんでそこにいたのか全く分かんないの...」


「記憶がないってこと?しかも失踪している時だけの記憶...じゃあどのくらい時間がたったかわかってないの?」


「すぐにはわからなかったけど学校の黒板見て確認したから今は把握してる...」


 姉の表情が曇った。無理もない。気が付いたら2年半も時が進んでいたんだ絶望して病んでもおかしくない。こうやって会話ができるだけすごいと思う。


「そっか...」


 いい言葉が見つからない。大切な時間を失った姉の気持ちどうやって汲んでやればいいんだろう。歯がゆい。


 無言のまま時間が過ぎていく。部屋の時計の針の音が部屋に響く。


「姉さん、き...」


 今日は心の整理とかしたいだろうし...って言おうとしたとき。


 ドンドンドンドンと玄関のドアを叩く音がきこえた。


 .......え?


 この時間に...なんで?


 待て、さっきみたいに脳死で玄関に行くのは絶対に危険だ、この時間に、しかもこのタイミングで。どう考えてもおかしいし怪しい。考えられるのは、夜間一人で歩いて帰ってきた姉を見た近隣住人、警察。ただ、それにしては時間差がありすぎる。姉に何かした人、誘拐かはわからないが...とにかく、姉を追ってきた人の説のほうがずっと濃厚。そう考えると絶対に出ない方がいい。


「待ってて」


 姉に一言告げインターホンに向かった。


 おそるおそるインターホンのカメラを見ると、若い茶髪の男と黄色い髪の女がいる。17か18かな...体は少ししか映ってないが男は銀色の鎧...?みたいなものを着ているように見える。明るい茶髪と爛々と光る赤い目が特徴的...というか怖い。女の方は藍色のフードをかぶっていて表情はよく読み取れないが、そのフードから白い長髪が出ているのが目に入った。


「ねえさん、なんか若い派手な人が立ってるんだけど、見たことある?なんか鎧みたいなの来てるんだけど」


「...え」


 姉の顔が固まった。覚えがあるのか...?


「もしかしてこいつらに誘拐されたのか...警察に電話するから絶対に玄関出ないでね。モニター見張っててくれたら助かる」


 とりあえず警察...


「えっ、ちょっと待って待ってもしかしたらただのお客さんかもしれないし、っていうか私知らないし!その人たち部屋間違えただけかもしれないし!」


 え、なんか顔真っ赤にして走ってきた。そして来るや否やインターホンのカメラ見て顔を真っ赤だった顔がみるみるうちに青ざめていく。


「おいちょっと落ち着けよ、どうしたんだいきなり...姉さんらしくないよ」


「い、いや...あの人たちは悪い人じゃないわ...私が保障する」


 すごい動揺してるように見える。というか現に動揺してるんだろう。冷や汗が尋常じゃない。


「保障するって言ったって...話が見えてこなくてちょっと混乱してきた」


 するとまたドアをドンドンと叩いている音がして。


「師匠!いないんですか!」


 と叫ぶ男の声が聞こえた。インターホンからの声ではない、リビングから玄関までの距離は約5メートル。ここまで聞こえるということはなかなかの声量だろう。静まり返っている外に声が響いていく様子が想像できる。ためしに姉の顔色をうかがってみたが案の定真っ青だった。


「姉さんはそこで待ってて、誰か知らないけどモラルがなさすぎる!ちょっと文句言ってくる!悪い人じゃないんでしょ?」


 玄関へ向かおう...としたときだった。


 ギィン!と鈍い金属の音が響いた。なんの音かはすぐにわかった。玄関で何かが一直線に光った。そして光が消えるとそこからから外の光が入ってきていることに気づいた。


「...玄関が...切られた...?」


 光景をそのまま認識することはたやすいが脳が受け入れてくれない。思考が停止する。


 またギィン!ギィン!という音と共に光が走る。


 音が止んだかと思うと玄関の扉が盛大に音を立てて崩れた。そこには月明かりを反射させる銀色の剣を持った男とこっちを睨む凛々しい女だった。


 男も剣を収めることなく俺の方を見るや否や眉間にしわを寄せた。そして一言。


「お前はだれだ、俺らの師匠に何をした」


 と俺に向かって言った。その声は力強く、重かった。


「....お、お前らこそ何者だよ、そもそも師匠って誰だよ、ここには俺と俺の姉しかいない人違いじゃないのか?」


 なるべく威圧するように言ったつもりだったがあんなもの見た後である全く声に覇気がなかった。


 すると女が。


「ねえダージュ、あいつの後ろ」


 と小声で俺の後ろを指差した。すると男が。


「フォルテ師匠!!!」


 と言いながら安心したように笑みを浮かべた。


 振り向くと姉さんが苦笑とともに小さく手を振っていた。え、ほんとに知り合いだったのか。と唖然としてると。


「お前が師匠をたぶらかしたのかァァァァァ!!!」


 男が怒り狂ったように叫び始めた。


「ちょっと待って!彼は私の....」


 姉が叫んで説明しようとするが2人に声は届いてないようだ。


 男が何かつぶやき始めた。風が吹き始め男の足元が光りを放って_____ふっと消えた。



 何が起きたかわからなかった。確かにさっきまで玄関にいたはずの男は目の前に現れ剣を下から振り上げていた。剣先が左の壁をえぐりながら徐々に俺の喉元に近づいてくる。その斬撃は目で追うのが精いっぱいでかわすことは到底できそうにないと感じた。死を初めて実感した。


 あと1メートル、俺は目をつむった


 だが、聞こえたのは俺の体を抉る死の音ではなく、キィン!という高い金属のこすれる音だった。


 恐る恐る目を開けると。


 目の前に白い靄のようなものがかかっていた。男は倒れ剣が天井に刺さっていた。倒れた男に向かって女が駆けつけている。理解が追い付かない。何か声が聞こえたような気がして振り返ると姉が右手を前に突出し真剣な眼差しで何かつぶやいてる。


 姉が黙り手を下げると。靄は消えた。そして一歩ずつ前に歩き始めた。


「ね、ねえさん?」


 顔は笑ってるが全身から暗いオーラを放ってるように感じた。


 そして怯える2人にに向かって


「久しぶり...でもないか。こんばんは。ダージュ、ミラ。紹介するね、彼は私の弟、三原 時雨。よかったら仲良くしてほしいなー...」


 俺は初めて本気で怒ってる姉を見た。

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