beyond

三原 もち

プロローグ 

『しーくんちょっと学校に忘れ物取ってくるー』


『んー』


『もー...ゲームばっかりしてちゃだめだからねーじゃあ行ってきまーす』


『ほーい』


 当然こんな会話が姉との最後の会話になるなんて思いもしなかった。思うはずがなかった。平和で溢れた日本で突然の別れを経験する人なんてほとんどいない。



「そろそろ2年半か...」



 一人暮らしにはもう慣れているつもりでいた。



 家の時計が今日の終わりを告げようとしていた。



「俺も明日で16か...」



 誕生日。海外で仕事母に代わって2つ上の姉が毎年祝ってくれていた。



 いつの間にか0時をまわっていた。スマホが友達から大量のメッセージを受信している。



『時雨おたおめ!高校違うけど同じ中学のよしみってことでこれからもよろしくなー』



 もちろん嬉しかった。でも、それと同時にいままで心の奥に隠し続けていた思いが溢れた。



 一番祝ってほしい人に祝ってもらえない事実を受け入れたくなかった。



「...姉さん....なんで...なんで...」



 大粒の涙が頬を伝って流れた。



 嬉しいはずの誕生日は月日の流れを確信する材料になった。



 楽しいはずの誕生日は祝ってくれる姉が存在しないことを確信させた。



 姉が行方不明になって2年半がたった。



『生きて帰ってくるって信じてる』という言葉は少しずつ現実から目を背けるための言葉に変わった。



 涙が止まらない。弱音を吐かずに、涙も流さず、姉を待ち続けた2年半分の涙。止まるはずがなかった。



「姉さん...俺、姉さんより先に高校生になっちゃうよ...」





 ピンポーン



 突然、インターホンが鳴った。時計を見ると一時を少し過ぎたころだった。



 普段なら絶対に出なかっただろう。でも、精神的におかしく状況判断能力も鈍りきっていた俺は涙をぼろぼろ流しながらふらふらと立ち上がりインターホンも確認せずに玄関に向かった。



 ドアノブに手をかけ、捻った。ゆっくりと玄関を開けた。



 そこには



 透き通るような長い白色の髪の女の人が立っていた。



 俺は言葉を発することができなかった。だって、だってだってその人は...



「.....ただいま...しーくん」



 大きく息を吸って、服でぐちゃぐちゃの顔を拭き、今できる精一杯の笑顔で。あの日『行ってらっしゃい』って言わなかった俺の後悔の念を込めて。



「おかえり、ねえさん」


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